◆ 第二十六章 帰宅
みんなでしゃべりながら出口へ向かう。 カミュと手をつないで歩いていたらもう片っ方の手をデスに握られた。
「こういうのがあるぜ、おい、カミュ、お前も協力しろ!」
そう言ったデスが俺の手をぎゅっと握り締め少し上に持ち上げながら大きく振り始めた。 すぐにカミュも同じようにしたものだから、俺の体は大きく前後に振られてまるでブランコのように宙を飛ぶ。
「わ〜っ、すごいっ!」
これにはほんとに驚いた。 小さい子供がやってもらっているのは何度も見たが、そうか、こういう感じなのか!
「どうだ? ジョアン!」
「すごい、すごいっ!」
調子に乗ったデスがぶんぶんと腕を振るのでちょっとどきどきしたが、スペースのことを思えばきわめて安全だ。 デスもカミュも俺の手をしっかりと握っていてくれるので、頼りがいがあることこの上ない。 人間ブランコをしながら歩いてゆくのはいっぷう変わった経験だ。
「そら、おしま〜い!」
二十回くらいも楽しんだあとで降ろしてもらったら、今度はアイオリアに後ろから抱えられた。
え? 今度はなんだ?
「では私はこれを!」
アイオリアがその場でぐるぐると俺を抱きかかえたまま回り出した。 俺を中心にして周りの景色がすごい速さで回りだし、動体視力の限界を思い知らされた。
「わ〜〜っ!!」
カミュやほかのみんなが笑っているのがよくわかる。 アイオリアは二十回くらいも回ってからようやっと止まってくれた。 俺を離してから二人でふらふらとその場を漂いながら笑いがこみ上げる。
「ああ、目が回る!」
「僕も!」
「おいおい、回りすぎじゃないのか?」
「ジョアンくん、平気だった? 気持ち悪くない?」
「うん、大丈夫〜」
くるくるゆらゆらと回りながらドンとぶつかったのはどうやらカミュだったらしい。
「ほら、ジョアン、危ないよ、おいで。」
やさしい、しかし力強い手に抱きとめられた。
「もう遅いから疲れたね、眠くなるかもしれないよ。」
「そろそろおんぶしたほうがいいんじゃないか?」
デスマスクの声がしてまた持ち上げられて、こっちに背を向けたカミュにおんぶされた。 そのままゆらゆらとゆすられながらワールドバザールを抜けていく。
あたりはすっかり暗くなり、店の照明やイルミネーションがなんともいえず華やかだ。
「あら! ジョアンくんにお土産買ってない!」
「た〜いへん!、ねえ、ジョアンくん、なにか買ってあげる! ねぇ、なにがいい?」
えっ? お土産って、俺にか?
この年でディズニーでお土産を買うっていうのもどうかと思っていると、俺の意向を聞いてるようで実はなんにも聞いちゃいない女たちがすぐそばの店に入っていき、さっそく物色が始まった。
「ねえ、これは?」
「う〜ん、それよりこっちのほうはどう?」
「いまいちよね〜、ジョアンくんがギリシャに帰っても自慢できるようでなきゃ!」
ぜんぜん決まらない。 カミュたちが指差すものもことごとく否定され、そろそろデスの眉がピクピクし始めた。
これはまずい兆候だ。
「ぼく、この帽子がほしい!」
即断即決は俺の信条だ。 すぐそばに飾ってあったミッキーの柄のニット帽を指差した。
いささか、いや、かなりポリシーに反するが早いに越したことはない。 二月の風は冷たいし。
「え〜、それ? どの色が似合うかなぁ?」
今度は色の選定のためにいくつもかぶせられ、ついに品のいい茶色の帽子に決定したときはほっとした。 俺が茶色を指差して、光速でそれに賛同した男三人の意見をやっとシャイナと魔鈴が認めてくれたのだ。
「あったか〜い!」
「よく似合うよ、ジョアン。」
鏡に映った俺は、想像もしなかったミッキーの帽子をかぶりカミュの背に揺られてる。
うん、たしかにこれもいい思い出だろう。
「どうもありがとう!すっごくいい帽子だね!」
「似合うわよ〜、ジョアンくん、かわいいんだもの!」
カミュの背中でニコニコしていると、シャイナと魔鈴に頭をなでられた上、両方のほっぺたにキスされた。
あ〜〜、俺ってほんとに………ディズニーって、過度のスキンシップにあふれてる。
俺のアイデンティティーはどこに行った?
帰りの電車はほどほどに混んでいて、俺はうつらうつらと眠ったりしてた。 これだけ出歩くと、子供の身体にはやっぱりこたえるものらしい。
カミュの背中に顔を押し付けていると、身体を通してカミュがなにかしゃべっている声が聞こえてくるのも不思議なものだ。
夢うつつのうちに乗り換えて学校の近くの駅で降りると、デスたちは食事をするというので別れることにした。
カミュは、眠くなっている俺を早く連れて帰ることにしたので寮に直行だ。 両手のふさがっているカミュのために駅前の店でサンドイッチまで買ってくれて、ほんとにみんな親切なのだった。
「楽しかったね。」
「うん、とっても楽しかったよ!」
カミュの背中も温かくて、ミッキーの帽子も温かくて。 こうしてディズニーは俺の中で忘れられない思い出になった。
部屋に入ったカミュは俺をベッドの上にそっと降ろすと食事の用意を始めた。
「もう眠くない? 食べられるかな?」
「大丈夫だよ、おなかすいてきた。」
カミュはコーヒー、俺にはコーンスープが用意された。 俺としては砂糖たっぷりのカミュ特製ホットミルクでもよかったんだが。
「先にお風呂にお湯を入れてこようね。」
どきどきする台詞にうなずきながら、カミュが浴室に行っている間にベッドの下で充電しておいた携帯を探り当ててトイレに行った。
届いているメールの確認と、関西にいることになっているミロからのメールを送信しなくてはならないのだ。
ミロとしての通信文を考えながらメールチェックをしていくと、たいしたことのない幾つかのメールに混じってムウからのそれもあった。
ムウからって………なんだろう?
それほどの付き合いはないが………
首をかしげながらメールをひらいて読み始めた俺は、あまりの思いがけない内容にまじまじと携帯を見つめた。 心臓がスペースに乗っているときみたいにバクバクしているのがはっきりとわかった。
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