◆ 第三十章  和解                                       (  3ページあります )

「で?」
無言で部屋に入ったカミュが二人掛けのソファーの真ん中に座ってたったひとこと言った言葉がこれだった。

   これって、俺が元に戻るための薬をムウからもらったときの状況に酷似してないか?

あのときの俺は小さい身体で腕組みをしてムウを冷たい目で見ていたものだが、今のカミュも氷のような目をしてる。
俺と一緒に座る気がないのは明らかで、ほんとに取り付くしまがない。
「あの……説明しても、すぐには信じてもらえないとは思うが……」
ムウの薬のことから説明すると、まるで全責任はムウにあると言っているようで気がひける。 カミュが怒っているのは、俺がジョアンのことについて嘘をついていたことなのだから、そこのところを先に謝るべきだと動揺した頭で思い付き、そう言おうとしたとたん、カミュがあっと驚くことを言い出した。
「ジョアンがあんなにお前と似ていたということは……………まさか…!」
「あの……」
悟られたかと思い、先に謝ろうとした俺の機先を制してカミュが吐き捨てるように言った言葉は衝撃だった。
「まさか………お前の子供なのか?」
「えっ!」
驚天動地とはこのことだ。 いくらなんだってそれはないだろうっ!

   3年前のあの時に5才だったジョアンが俺の子供だとしたら、俺は12才で子供ができたのか?!
   それってつまり、11才で……っ!
   ううっ、これ以上言及したくないっ!

「違うっ、なにを馬鹿なことを言っているっ! この俺がそんなことをするはずがないだろうっ! 変な勘違いをするなっ! あれは俺だっ、ジョアンは俺なんだよ!」
「…え?」
ついうっかりカミュに怒鳴ってしまったが、あんなことを言われて平静でいられるわけがない。
「俺は子供ができるような真似なんか金輪際してないからな! そこのところははっきり言っておく! 俺は幼稚園のころからお前一筋だ! 妙な誤解はよしてもらおう!」
頭に血が昇って、はぁはぁと息切れがする。 血圧が50くらい上がったんじゃないのか?
カミュは俺の怒りに気圧されてちょとたじろいだらしい。
「お前の子供でないと言うのなら、それは信じよう。 気分を害するようなことを言ってすまなかった。 もとより私も信じたくない。 でも、ジョアンがお前とはどういうことだ?」
冷たい視線は少しは和らいだが、カミュの疑問は少しも解消されていない。
「とても信じられないだろうが、ムウに変な薬を飲まされて小さい子供の身体になったんだよ。 それでどうしようもなくてジョアンと名乗って暮らしてた。」
「まさかそんな! そんなことがあるはずはないっ!」
「そう思うのは当然だが、本当なんだよ。 俺はジョアンで、ずっとお前と一緒にいた。 ジョアンとミロが同時にお前の前に現れなかったことはわかっているだろう? 連絡も全部メールにしてたし。」
「だって……でもそんなことって有り得ない……」
頭を振ったカミュは額を押さえて疑問の渦の真っ只中だ。
「人間の身体が小さくなるなんて、非論理的だ。 信じろというほうが無理だろう。 証拠は? 証拠はどこにある?」
カミュじゃなくたって論理的だと思う人間はいないだろう。
「証拠は……」
急にこんなことになったので俺だって混乱していて、自分がジョアンだった証拠を急に思い付けない。 なにを言ったって、ジョアンから聞いたのだろうと言われたら反論するのは困難だ。
「そんな荒唐無稽な話を証拠もなしに信じろと言われても無理だ。 このジョアンがお前だなんて…!」
立ち上がったカミュが机の上に置いてあった写真立てを手に取った。 それはディズニーランドでシャイナが撮ってくれた俺とカミュの写真で、ジョアンの後ろに立ったカミュが俺の肩を抱き抱えるようにして二人でにこにこしているというものだ。 シャイナはたくさんの写真をくれたが、カミュはこの写真をとくに気に入っていつも机の上に置き、時々は俺にあの時の思い出を懐かしそうに話してくれて、俺も相槌を打っていた。 ジョアンは元気だろうかと言われて、近況を話したことも二度や三度ではなく、思えば嘘を重ねた3年間を過ごしてきたものだと溜め息が出る。
カミュを納得させられるような証拠をなにも思い付けず、こうなったらムウに証明してもらうほかはないかと思うが、3年も経っていまさらという感じは否めない。
「俺には身体が小さくなった理屈はよくわからないが、ムウならきっとうまく説明できると思う。 たぶん資料もあると…」
しかし、カミュは写真と俺を見比べながら疑わしそうにしていて、とても信じるような雰囲気ではない。
「私はジョアンが可愛くて………ディズニーでもずっと一緒にいて手をつないだり抱っこしたり……それがお前だったというのか?」
「騙したみたいでほんとうに悪かったと思ってる。 あの時は行きがかり上どうしようもなくなって…」
「あっ…!」
俺の言葉をとつぜんさえぎったカミュが真っ赤になった。
「私は……あのときジョアンと一緒に入浴を…っ!」

   うっ……まずいっ!!

「ミロっ!」
俺は思いっ切り怒鳴られた。

                                      

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