◆ 第五章  可愛がられる


ドキッとして顔を伏せていると、デスマスクの声が周りの気を惹いたらしく、「えっ? なになに??」  「子連れって?」 と何人もが言っているのがわかる。

   よせっ! 見るなっっ!!

どきどきしてカミュの背に伏せていると、
「やだぁ! きれいな金髪!」
「この子、どこの子ですか?」
と、すぐ近くで声がした。

   あの声はシャイナと魔鈴じゃないのか?
   人の髪を見て、やだぁ!、って言うのはどういう了見だ?!
   誉めているのか、けなしているのか、判断がつかんだろうが!
   女っていうのは、もう少し論理的なことを言えないのか?
   カミュ、お前もそう思うだろう?

ムッとしていると、カミュはなんとも思わなかったらしく、いつも通りの冷静な声が聞こえてきた。
「ミロの親戚の子で、今日は私が預かっている。」
「え〜、可愛いっ♪」
「顔、見せてくださ〜い!」

   ………え?

俺は力を込めてカミュの首にすがりついた。 この場合のカミュは、俺の憧れというよりも唯一の保護者そのものとしか思えない。
「ぃや〜ん、恥ずかしがってるぅ〜♪」
「やだぁ、可っ愛い〜っ♪♪」
俺はコナンじゃないんだからな、いいかげんにやめてもらおう! と思っていると、いきなり後ろから誰かの手が俺をかかえて引き剥がそうとする。 しがみついていたカミュがその弾みで倒れそうになり、驚いた俺はつい手を放す破目になった。
「そら、これで顔が見えるってもんだ!」
俺をかかえたデスマスクの声が耳元でして、俺は屈辱と怒りのあまり顔が真っ赤になった。 なんの因果で俺がデスの野郎に抱かれなきゃいけないんだ!
「きゃぁ〜〜、ほんとに可愛いっ♪すっごくきれいな金髪ぅ〜!」
「うっそぉ〜〜! ほんとにミロさんにそっくり! やだぁ〜〜、どうしよう〜♪♪」

   だからその、うっそぉ〜〜、とか、やだぁ〜、はいったいなんなんだっ!
   うちの学校の偏差値は75から下がったことがないというのに、お前らの語彙の乏しさはいったいなんだっ!

「あたしにも抱かせて!」
「髪、さわらせて♪」

   ………えっ?

「いいぜ、そら!」
「いやぁん、この子、恥ずかしいみたい♪ ほ〜ら、お姉ちゃんですよ〜♪」
「みてみて! さっらさらの金髪で素敵ぃ〜! ミロさんの髪もこんななのかしら〜、やだぁ〜♪次はあたしの番ね♪」

   俺は、終生、デスを許さない! この女どもも許さない!
   いくら五歳児でも、誰に抱かれるか、選ぶ権利がある!
   俺の髪に最初にさわるのはカミュだったはずなのに、どうしてお前らのおもちゃにされなくてはいかんのだっっ!!

不幸なことに靴を履いてなかった俺を地面に降ろそうとは誰も考えなかったので、俺はたっぷり5分くらいはやつらの好き放題に抱かれる破目になった。 カミュっ、俺を助けろっ!
「俺にも貸せよ♪」

   え………?

「女ってのは、しょうがないな! この年頃のガキは、こういうのを喜ぶんだよ!」
ひょいっと俺を抱き取ったデスマスクは、なんと俺を空中に放り上げて俗にいう 『 高い高い 』 を始めたのだ!
今までに何度も見たことはある。 子供がきゃっきゃっと喜んでいたのもよく知っている。
しかし、恐いっっ!!
アメフトのレギュラーをやっているデスマスクは腕っ節に自信があるらしく、俺を1メートル以上も放り投げ、恐怖のあまり俺は気絶しそうだった。 あんなことをされて笑っている子供の気が知れんっ!
「きゃぁ〜、すっご〜〜いっ!」
「あんなに喜んでるぅ〜♪」

   違うっ、恐怖で顔が引きつっているだけだっ!
   どうしてわからないんだ、カミュ! この蛮行をやめさせてくれ!

「まあ、こんなもんだな♪」
得意げなデスマスクが十数回の愚行のあとでやっとやめてくれたときには、心底 感謝してしまった。
「ジョアンに靴を買ってやらなくてはいけないから。」
「え〜っ、ジョアンっていうの? 可っ愛い〜〜♪」
「ジョアンくん、また遊びましょうね〜♪」

   俺は、お前らなんかと遊んだ覚えはないっっ! 遊ばれただけだっっ!

小さい子供がみんなから可愛がられるのはいいことだ、と勘違いをしているらしいカミュが、やっとこの先の予定を考えたらしく、俺を抱き取ってくれたときにはどんなにほっとしたかしれはしない。
あとから考えれば、デスマスクにいきなり抱かれたときに驚いた振りをして大泣きでもすれば、すぐにカミュに抱いてもらえたのかもしれないが、そんなみっともない手段はあの時は思いつかなかったのだ。
真っ赤な顔をして息を弾ませている俺の背中を撫でたカミュは、校門を出ると左手の商店街の方に進んでゆく。
こんどはおんぶではなくて抱かれたままなので、カミュの心臓の鼓動もよくわかる。
「そんなに困ったような顔をして………ジョアンは女の人が苦手なのかな?」
「………やだ……女の人、いやだ………高い高いも嫌い………」
それから今後のことも考えて、思い切って付け加えた。
「カミュがいい………カミュがいちばん好き……」
「よしよし、わかったよ、ジョアン♪ 私もジョアンが大好きだ♪」
それから俺の頭を優しく撫でたカミュに抱きなおされて頬に優しくキスされたのだ。

   ………これがカミュへの告白で、これが俺のファーストキスなのか???

唖然とした俺は、喜んでいいんだか悲しんでいいんだか咄嗟に判断がつかず、悔し紛れにカミュの白い頬にそっと唇を押し当てていった。