◆ 第六章  靴屋


商店街の靴屋はアーケードの中ほどにあり、俺も何度かスニーカーを買ったことがある。
俺を抱いたカミュは奥にいた店主に 「この子にちょうどよい靴が欲しいんですが。」 と声をかけた。 俺だって子供靴の選び方なんかわからんから、これは当然だろう。
店主は俺が靴をはいてないのを見ると丸椅子を引き寄せて俺を座らせてくれて、入り口近くにたくさん並んでいた子供靴を幾つか並べ始めた。 今日という日まで、俺はあんなところに子供靴が置いてあるなんて考えたこともなかった。
「何センチかな? 17じゃきついかな、ああ、18センチですね。」

   18っっ……?? なんだ、その数字は?!
   俺は27センチの靴をはいているが、身長が185センチならこれは妥当なところだろう。
   その俺が18センチ! あまりの小ささに涙が出てくるぜ………

「これなんかどうでしょう? 今 はやりのムシキングですが。 男のお子さんには人気ですよ♪ それとも仮面ライダーカブトの方が好きかな?」
「どう? ジョアンはどっちが好き?」
かがみ込んだカミュがやさしく訊いてくる。 俺は涙目でふるふると首を振った。
「どっちも好きじゃない………もっと普通のがいい…」

   なんの因果でこの俺がそんなものを履かなくてはいかんのだっっ??!!
   ムシキングって、いったい何だ??!! 俺はカブトムシなんかに興味はない!
   俺が好きなのはカミュだけだっっ!!

店主とカミュが協議した結果、今度は地味な紺やベージュの靴が出てきて俺をほっとさせる。
「履いてみて歩いてごらん。」
カミュに言われて、センスのよさそうなベージュの方をはいてみた。 こんなに小さい靴に本当に自分の足が入ってしまうことに唖然とするが、たしかに履き心地はいいようだ。 店内をぐるっと一周していると先週買ったスニーカーがはるか上の方にあり、その高さが俺の小ささを実感させた。 あの時は一番上の陳列棚にも手が届いたのに、なんという屈辱っ!
「これでいい。」
「靴下がありませんね、うちにも幾つかおいてありますが、どうなさいます?」
「あ……一緒にいただきます。」
店主が出してきたのはやっぱりムシキング………!
「いまこれしか置いてなくて。 僕の気に入るかな?」

   僕って、俺のことか??
   情けなくて涙が出るぜ………

うつむいて首を振ったら、
「今日は洋品店が定休日でして、駅前まで行かないとほかに売っている店はございませんが。」
「ジョアン、好きじゃないかもしれないけれど、このあと図書館に行きたいのでこれでがまんしてもらえるかな?」
カミュにそういわれては仕方がない。 それに駅前なんかに行ったら、ほかに誰に会うか知れたものではないのだ。
「ん………それでいい。」
あきらめてその場で履いた靴下には大きなカブトムシらしい絵がついており、KOUKASASU OOKABUTO と書いてある。

   ……降下さす? それとも硬化か?
   よくわからんな??

どうせ、カブトムシが空から舞い降りてくるとか、成虫になって身体が硬くなり甲虫の名にふさわしくなるくらいの意味だろう。
日本人は英語が好きな民族で、Tシャツにも食器にも電気機器にも英語が氾濫しているので、俺は気にしないことにした。 カミュの母国のフランスは母国語を大事にするあまり、観光客向けにさえフランス語で押し通すようなお国柄だから、フランス人がこの有様を見たら卒倒するんじゃないのか?

こんな大きな虫の絵がついた靴下を履いて歩くのは恥ずかしかったが、仮面ライダーよりはましだろう。
靴下で妥協したのだからその見返りが必要だ。
俺はさりげなくしっかりとカミュと手をつないで店の外に出ていった。


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