その5   「 同盟 」

「僕はヤルノ、こっちはナノ。僕はイタリアで、ナノはスペインです。ほんとにお世話になっちゃって。」
「どういたしまして。私はカミュと言います、彼はミロ。ギリシャから来て、日本にはしばらく滞在しています。」
「僕たちは冬休みで、ちょっと日本で滑ってみようかなと思って。東京はなんとかなったんですけど、この辺は無理でしたね、僕の言葉じゃ。」
ピザを食べながらの会話はカミュとヤルノを仲立ちにして進む。ミロはフランス語ができないし、スペイン人のナノもだめなので通訳が忙しい。
「足りなければ、サラダはいかがですか?たぶんイタリアンドレッシングはあるでしょう。日本では人気のあるドレッシングですから。」
「ナノはどう?僕は頼むけど。」
「ヤルノと同じでいいよ。」
若いナノのほうは人見知りをするようで、食べるほうに熱心だ。ミロも直接の会話ができないので、時々カミュが教えてくれる話に頷きながら食べるほうに専念することになるが、それでもこの二人がデスマスクとシュラの同国人だと思うとなんとなく親近感が湧いて来る。
「スキー歴を聞いてくれないか?すごくうまいって褒めてくれ。」
知り合いになったからにはぜひ聞いておきたいことだ。

   もしかして二ヶ月なんて言ったらどうする?
   いくらなんでも、二ヶ月であの域までいく自信はないからな

しかしその心配は杞憂だった。
「ヤルノは子供のころから滑っているらしい。ナノは数年前からで、ヤルノが教えたそうだ。私たちが滑っていたのも見ていたそうなので、こちらのスキー歴も言っておいたほうがいいだろうか?」
「それは言うべきだな。あの程度の腕で、三年くらいやってるのかな、なんて思われたら恥だぜ。まだ初心者だって言ってくれ。」
そこでカミュがヤルノにそのことを告げると大変だった。
「ほんとにっ?!たった半月で?!おい、ナノ!二人ともスキーを半月前に始めたばかりだそうだ!信じられるか?」
「え〜っ!そんなことあるはずないだろ!聞き間違いに決まってる!もう一回聞いてみて!」
と言ったとしかミロには思えない。二人があまり驚くので、カミュはスキースクールの登録証を出して入校日の欄を指差さねばならなかったほどだ。

親しくなったのはそれからだ。スキーはヤルノとナノのほうが格段にうまいが中級者コースを一緒に滑るのにはなにも問題なかったし、なにより同じ外国人同士というのが共感を覚えさせた。
「冬はいつもサン・モリッツで過ごしてる。冬のトレーニングにはクロスカントリーが最適だし。あとは自転車だね。」

   自転車!
   俺たちって、自転車に乗ったことがないんだか、もしかして恥だったらどうする?
   自転車スクールってあるのか?

もちろん、そんなものはありはしない。自転車を教えるのはたいていは親だし、黄金養成のカリキュラムに自転車の乗り方などあるはずもない。自動車の免許を取りたいと思ってはいたが、その前に自転車について考えるべきかもしれない。
「カミュのフランス語はとてもきれいだけど、フランスには行ったことある?」
「私はフランス生まれです。幼い頃にギリシャに来たので今はギリシャ人ですが。」
「そうなんだ!道理でフランス語がうまいと思った。」
「サン・モリッツも名前だけしか知らなくて。」
「一度来るといいよ、最高だから。景色、雪質、規模、設備、客層、どれをとっても文句なしだ。病み付きになることは保証する。」
「ほう!そんなに!」
カミュとヤルノが滑る手を休めてそんな話をしている間、ミロはナノからカービングターンのコツを教わっている。言葉はわからなくてもすでに基礎ができているので身振り手振りで要点は伝わるものとみえた。それでも時々はカミュとヤルノにお呼びがかかる。
「ナノはなんて言ってる?」
「自分が動くのではなく、スキー板にいい仕事をさせると考えたほうがいいそうだ。斜面や雪質の状態に合わせてトップ、トップ&テール、テールのコントロールをいかに使い分けるかは経験を重ねないと難しいということだ。」
「そりゃそうだな。シベリアの雪質だけは簡単に見分けられるんだが、それとエッジの使い方は別物だし。」
納得したミロはナノに板の位置と体軸のバランスを見てもらい始めた。
「お二人はどこのホテルにお泊まりですか?」
「ここのすぐそばのホテル。昨日から一週間の予定だよ。短すぎるけど、ほかに予定が詰まってて。近い方が便利だと思ったんだけど、温泉がちょっと期待外れであまりよくなかったな。」
「すると温泉がお好きですか?」
「日本の温泉は最高だね!いつでも入れる日本人が羨ましいよ。僕は初めてのとこでもどんどん入るけどナノは、」
ヤルノがミロにスキーを教えているナノをちらっと見た。
「全然だめなんだよね、いくら誘っても恥ずかしがって入らない。人前で裸になるのはいやだって言うんだ。露天風呂なんか最高なのに!」
これは奇遇である。カミュがミロに呼び掛けた。
「喜べ、ミロ!お前と同じ考えを持っている人間を見つけた!」
「え?」
そこでカミュがミロの温泉への傾倒ぶりを語り、ヤルノの目が輝いた次第だ。それからカミュの通訳を介した二人の温泉礼賛が10分ほど続き、この二人は完全に意気投合したのである。
「信じらんない!どうして裸で平気なのか、僕にはまったく理解できないね!」
ナノの意見をヤルノが通訳し、今度はカミュと意見が一致する。言葉が通じない同士が温泉に関しては同じ考えを持っているというのが面白い。
「スペイン・フランス同盟とイタリア・ギリシャ同盟ってとこだな。俺たちは温泉礼賛・裸容認派だ。」
「では、こちらは親しき仲にも礼儀あり派ということで。」
これをカミュがフランス語にし、それをヤルノがナノに話して笑いが起こる。その日は日暮れまで四人でスキーを楽しんだ。


                                    




              名乗りあって同盟が出来たところで、次は新たな展開が。
              スキーだけでは終わりません。