手ぶくろを買いに

新見 南吉  著


十二月も半分すぎて、風が冷たくなってきた夕方のことです。
一番星がまたたき始めたころ、街はずれの小さな毛糸屋さんがそろそろ店を閉めようとしたとき、 金髪の小さな男の子がお店に入ってきました。
ずいぶん小さなお客さんだこと、と思いながらお店のおばあさんが
「いらっしゃい。」
と声をかけると、男の子はどきどきした様子で、
「こんばんは」
といって顔を真っ赤にして立っています。
「なにかお買い物?」
おばあさんがやさしくいうと、男の子は
「あの……窓のところに飾ってある手ぶくろをください!」
と思い切ったようにいいました。
「はいはい、どのてぶくろ?」
おばあさんが通りに面したガラス窓の内側に並べてある幾つかの手袋の方にいきました。
「そこの真ん中にある青い色の……あれっ……」
男の子の声が急に小さくなって、顔色が変わったではありませんか。
「お昼に来たときにはちゃんとあったのに……青くてきれいな手ぶくろ……」
男の子は泣きそうになりました。

そうです、その手袋はもう売れてしまっていたのでした。
お馴染みのお客さんが、子供のクリスマスプレゼントにと買っていったのです。
「あらあら、ごめんなさいね、あそこにあった青い手ぶくろは売れてしまって。 ほかの色ではいけないの?」
「だって……だって……青でなけりゃだめなんだもの。 青がとってもよく似合う子だから……」
最後の方は消えそうな声で、おばあさんにやっと聞こえるくらいの大きさでした。
売れているとは思わなかったのでしょう、こぶしを握りしめた男の子は真っ赤な顔をして困り果てているようです。
おばあさんには、その子が泣くのをいっしょうけんめいこらえているように見えました。
「どうしよう……やっと見つけたのに……」
肩をおとした男の子の目に光るものが見えたようで、おばあさんはどきっとしました。
おばあさんには孫が何人もいます。
同じくらいの年頃の男の子もいたので、その子のことが自分の孫のように思えました。

男の子ががっかりしてドアのほうに行きかけたとき、おばあさんはいいことを思いつきました。
「ちょっと、待っててね。」
男の子に声をかけると、おばあさんはお店の奥のドアを開けていそいで階段をのぼってゆきました。
小さなお店の二階がおばあさんの住まいになっているのです。
やがてとんとんとんと階段を下りる音がして、おばあさんが戻ってきました。
手に何か水色のものを持っています。
「ねえ、この手袋、どうかしら? 水色だけど、とっても可愛いのよ。」
おばあさんがさしだした手の上に白と水色の小さい手ぶくろがのっています。
六角形のきれいな模様がついていて、とてもふわふわした手触りのようです。
男の子の目にも、それは素敵なものに見えました。
きっと、売れてしまったあの手袋よりもずっと高いにちがいありません。
「でも……ぼく、30ドラクマしかもってないし……」
うつむいて小さな声でそういうと、おばあさんのやさしい声が降ってきました。
「まあ、ちょうどよかったわ、この手ぶくろも30ドラクマだからだいじょうぶ!」
男の子の顔がかがやきました。
「ほんと? じゃあ、この手ぶくろくださいっ!」
男の子のうれしそうな顔を見て、おばあさんもうれしくなりました。
まるで、自分の孫を喜ばせたような気がしたのです。
「包んであげるからちょっと待っててね。」
そういうと男の子は、
「ううん、時間がないからそのままでいいです。はやくかえらないと……」
早口で言うとおばあさんに握りしめた手の中の銀貨を差し出しました。
きっと、ずっと握りしめたまま、お店が開いているうちに、と思って駆けてきたのでしょう、暖かくなっていた銀貨は男の子の汗でしめっていました。
「そうなの? じゃあ、もう暗くなったから気をつけてお帰りなさいよ。 きっとお母さんが心配していなさるから。」
戸口まで一緒に出てきたおばあさんがそういうと、男の子はちょっとびっくりしたようです。
「…え? おかあさん……?」
ちょっと困ったような顔をしたようでしたが、すぐににっこり笑いました。
「はい! おばあさん、どうもありがとう!」
今度は自分の汗がつかないように、と思ったのでしょう、買った手ぶくろをだいじそうにポケットにいれると、上から押さえながら暗くなった道をいっさんに走っていきます。
「あら? そっちは山の方で……!」
おばあさんが不思議に思ったときには、もう男の子の姿は見えなくなっています。
おばあさんのお店は街はずれにあるので、山のほうには家は何軒かしかありません。
そして、おばあさんはその家の人たちをみんな知っているので、あの男の子がそこに住んでいる子ではないことはたしかなのでした。
「それじゃ、あの子は神殿の……」
山の上にある神殿に何人もの子供たちが世話されているという話は、おばあさんも知っています。
手ぶくろを買いにきたあの子も、きっとそうなのでしょう。
「そうすると、あの子も親がいないんだね……かわいそうなことを言ってしまったねぇ」

おばあさんは、買いたかった手ぶくろが売れてしまってがっかりしている男の子をそのまま帰すことができなくて、孫にやろうと思って編んでおいた手ぶくろを替わりに売ってあげたのです。
お店で買えば100ドラクマはするような、ていねいな編み込みの手袋でした。

   うちの孫の誕生日はまだまだ先だから、また編めばいいもの
   あの子をがっかりさせるなんて、とてもできないことだよ

どうやら親のいないらしい金髪の男の子のうれしそうな笑顔が、おばあさんの胸に浮かびました。
どんな子に手ぶくろをあげるのかは知りませんでしたが、その子の笑顔までが目に見えるようでした。
きっとその子も神殿の子供にちがいありません。
二人の子供のよろこぶようすを思い浮かべながらおばあさんはドアに鍵をかけ、窓のカーテンを閉めました。
やがて小さな毛糸屋さんの灯りも消えました。

星降る夜をあと何日か数えると、待ちに待ったクリスマスがやってくるのです。

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