胸に誓うよ  永遠に果てしない道も乗り越えてゆくと
  たどり着くまで そのときまではきっとあきらめないから

                                                  「 誓い 」 より        歌 : 平原綾香


ミロは失敗をした。 してはならないミスだった。

午前中の訓練で今までになく小宇宙を高めることができたミロは、自分でも満足のいく出来だと思ったし、そのとき指導していたアイオロスにも誉められていい気分になった。 昼食のときも機嫌よくしゃべり続け、何も食べずに瞑想していたシャカが少し眉をひそめたことを気にもしなかった。 何ヶ月もコツをつかめずに苦労していたものだが、もうこれで大丈夫だと考えたのである。
同年齢のムウやシャカははるかに先をゆき、先輩のアフロディーテ、シュラ、デスマスクたちも目の覚めるような鮮やかな小宇宙を展開しているのを垣間見るたびに焦る気持ちが強まったものだが、これで大丈夫に違いない、ついに自分は壁を越えたのだ。
そう思ったからこそ、ミロは午後の訓練で珍しく強気に出たのだった。

その週は、手掌から発した小宇宙を衝撃波に変化させ岩を砕くという実技をじっくり教わっていた。
今まではうまく小宇宙を手掌に集中できなくて岩に 「 はじかれて 」 ばかりいたミロが、直径50センチほどの岩を実に見事に粉砕してみせたのには、傍らで指導していたアイオロスも驚いた。 近くで試行錯誤していたアルデバランやアイオリアも寄ってきて感心するのでミロは慢心したのである。 試みにアイオロスが指差したそれより大き目の岩も即座に粉砕できたのだから自信がついたのも当然だったろう。

   やった!!
   もう、どんな岩でも思いのままに砕けるぞ!
   小宇宙を使いこなせる♪
   もうすぐムウやシャカに追いつける!

何度も試してみたミロが得意然としていると、さっきは遠くにいて見ていなかったカミュがその話を聞きつけてやってきた。
「ミロ、岩が砕けるようになったの?」
「ああ、カミュ! そうなんだ、すごいんだぜ!まあ、見てて♪」
そのあたりの岩はすっかり砕いてしまってもう小さいものしか残っていないのに気付いたミロが、少し離れた崖の下にカミュを誘った。
「ここならまだたくさんあるから、どれでも砕いてみせるよ!」
にこにこしながら言うと、
「それじゃ、これは?」
カミュが直径30センチほどの岩を指差した。
「軽いよ、こんなの♪」
手のひらをすり合わせてからちょっと右手を向けてあっという間に砕いてみせる。
「わっ、手を押し当てなくてもできるの?すごいっ、まだそんなこと全然できないのに!」
びっくりしたカミュにたいそう感心されたミロは嬉しくてたまらない。
「やってみたら、なんてことなかったよ。 きっとカミュも、もうすぐできるよ!」
「そうかなぁ……まだ難しくて…」
「コツをつかめばいいんだよ、もっとすごいことだってできるよ!」
ミロは崖の下から2mほどのところに出っ張っている大きな岩に手を向けた。 変な形に出っ張っているその岩の形が前から気になっていたのだ。
「今度はあれを砕いて見せよう!」
「…え? あれを?」
カミュが崖を見上げて首をかしげたとき、大人ぶって宣言したミロが見事な集中力で小宇宙を高め、5メートルほど離れた崖に向って一気に力を解放した。
目当ての岩が粉砕されたと思ったとたん、高さ10メートルにも及ぼうかという崖全体が崩れ落ちてきた。

耳を聾する大音響にその辺りにいた全員が駆けつけたときにはあたりはもうもうとした土煙が立ちこめ、その場に誰がいたかはわからない状態だった。
「みんな無事か?」
アイオロスが点呼を取ろうとしたとき、
「この下にミロとカミュがいます!」
目を見開いたシャカが言ったではないか。サガとアイオロスの背筋に寒気が走った。
「私が!」
シャカの言葉に進み出たムウは生体反応を探るかのようにじっと瓦礫の山を見つめていたが、やがて一箇所に狙いを定めて念動力を放った。
大小の無数の岩が重さをなくしたように持ち上がり脇に払いのけられ、それを二、三度繰り返すとそこに倒れている小さい二人の姿が見つかった。 ミロの頭を抱え込むようにしているカミュの額は血にまみれている。 最初に駆け寄ったムウが一目見て、
「これは私では無理です、サガ、教皇様を…!」
そう言ったときにはすでにサガの姿はない。 みんながわっと駆け寄ったときには、教皇とサガが現われている。
そっと仰向けられた二人を教皇が見つめる。うめき声を上げたミロが隣に横たわるカミュの蒼ざめた顔を見て息を飲んだ。
「カミュが先だ。 ミロはあとでよい。」
カミュの額から流れ出した血がすでに地面に広がり始め、手足には骨折した箇所が幾つもあった。 みんなが息を飲んで見守る中を教皇の老いた手が受傷した箇所にかざされ金色の小宇宙が放たれると、みるみるうちに傷が癒え挫創も消し去られていった。
「内臓の損傷はない。 脳震盪を起こしているが休ませればそのうちに意識は戻る。」
ほっと溜め息をついた教皇がミロに向き直り、折れた足に目をやって手をかざそうとしたときだ。
「直さなくていいですから、 教皇様! 俺が……俺が無茶をして岩を崩そうとしてカミュを巻き込んで……! それでカミュが俺をかばって自分の方があんなひどい怪我をして…!」
ミロがポロポロと泣いた。
「だから……ばちが当ったんだから……この痛さは神様のくれたばちだから……このままでいいから……カミュ…カミュが…」
やっと動かせる左手でミロが涙をぬぐい、途切れ途切れに訴える声が震えて聞き取りにくくなった。
みんなが教皇を見た。 ミロの嗚咽だけがその場に低く響く。
「……ミロの言うこともわからぬではない。 といってこのままでは炎症を起こし足が使えなくなる。 それではなるまい?」
ミロがびくりとした。
「だから、こうしよう。 骨折と内臓の損傷は直す。しかし、命にかかわらず後遺症の残らない打ち身はそのままにしておき、自然治癒を待つ。 」
ミロが歯を食いしばったまま頷いた。
「だが、ほんとうにそれでよいのか?かなり痛むぞ、耐えられるかな?」
「平気です! そのくらい……そのくらい平気です、もっと重い罰でもいい!」
「これは罰ではない。 ミロよ、神がお前に与え、お前が自らの意思で選択した試練なのだ。 甘受して耐えるがよい。」
ミロが頷き、教皇が必要な治療を施すと、二人はサガとアイオロスの腕に抱き上げられた。
「カミュは……いつごろ目が覚めますか?」
いつもより白い横顔をそっと盗み見たミロがサガに尋ねた。
「そうだな………2、3時間というところだろうか。 もうすこし長いかもしれないが。」
身体中を襲う痛みをこらえながらミロが頷き、目をそらした。カミュの頬に付いたままの血が痛々しくて見ていられなかったのだ。砂にまみれた長い髪が揺れていた。
「今日はこれで解散にする。みな、ゆっくり休むように。」
サガがそう言って、教皇、アイオロスとともに姿を消した。

「なあ……ここにあった岩山って、かなり大きかったよな。」
「ああ、10メートル位はあったろう。」
デスとアフロが今はもう何もない空中に目をやった。
制御を誤ったとはいえ、ミロの発揮した力の大きさは十分に驚嘆に値するもので、まだ小さい子供だと思っていた二人を唸らせる。 シャカの探知能力とムウの念動力を目の当たりにしたことも衝撃だった。
「おや?」
アフロディーテが足元の小さい岩の破片を拾い上げた。
「この岩……」
「どうしたんだ?」
デスマスクが覗き込む。
「あ……これ、凍ってるぜ!」
「それどころか、周りの空気中の水分を氷にして膜を作ってる!」
アフロディーテの手のひらの上で小さな岩がきらりと光り、二人にカミュの内に秘めた力を知らしめた。 おそらくカミュは頭上に降ってくる無数の岩石に向ってあらん限りの凍気を放ち、そのかなりを凍結破砕したものの、力及ばずミロを抱えたまま倒れたのだろう。
「うかうかしてはいられない。 私たちももっと高みへ登らなくては!」
「そうだな、小さい奴らに負けてはおれん!」
先にたって駆けてゆく小さい背中が二人を叱咤していた。


「ミロ…」
痛みに朦朧としていた頭に懐かしい声が呼びかけた。 はっとして目を開けると、横に心配そうなカミュが立っている。
「……大丈夫? 痛みがまだ続くって聞いたけど…」
並んで寝かされていた双児宮の一室で先に目覚めたカミュが傍らで見守っていたサガから一部始終を聞かされたのは、その日も暮れようとする頃だった。ミロが目覚めそうな気配にサガが席をはずし、それからそっと起き上がったカミュが声をかけたのである。
「カミュ……ごめん…」
やっとそれだけ言ったミロの目から大粒の涙がこぼれては落ちる。
「俺……こんなじゃ、もう黄金にはなれない……カミュを…カミュを死なせるところだった……黄金の資格なんかない…!」
「そんなことないっ! さっきだって、大きな岩が落ちてきてもうだめだと思ったときにミロが衝撃波で岩を砕いてくれた! ミロは黄金にならなきゃだめだから……二人で一緒に黄金になるって決めたんだから……!」
カミュの突き詰めた口調がミロを驚かせた。 今までそんなことを話したことはなかったし、カミュがそんなことを思っていてくれるなど想像もしていなかったのだから。
「でも……あんな失敗をして……教皇様にも、みんなにも見られて……きっと…きっとサガだって俺のこと…」
「違うよ!」
「…え?」
こぶしで涙をぬぐいながら見上げたカミュは、わなわなと震え、目には涙を滲ませている。
「サガが言ってた。 ミロは、すごいって。 あの年であれだけの岩山を崩せる小宇宙を持つものは、ほかにいないだろうって言ってた。 蠍座の黄金聖闘士になれるのはミロしかいない、ミロはそれにふさわしいって。 だから、ミロは黄金にならなきゃいけない。 ミロと一緒に黄金になるんだから、それまで頑張るんだから!」
「カミュ……」
「だから、黄金になれないなんて言っちゃだめ! そんなこと、聞きたくないっ!」
きれいな瞳からポロポロと涙が落ちて、それがミロの心を揺さぶった。
「泣かないで、カミュ……わかったから……俺、頑張るから……頼むから泣かないでよ……カミュ…」
そうしてそれぞれ涙をぬぐっているところを戻ってきたサガに見られて、もう一度後戻りさせたとは知りもしない二人なのだ。

興奮の冷めたころになってやっと戻って来たサガにすすめられて一人ずつお風呂につかりすっかりきれいになってから、やってきたアイオロスも加わって四人でちょっと遅い夕食を摂った。
まだ沈み気味のミロの気を引き立てるようにサガが子供の頃の失敗談を話し、「 そうそう!」 とアイオロスが頷いて証明としたのでミロもようやく安心したらしい。
「俺…なれるかな?…黄金に…」
「なれる、なれる!」
サガが頷き、アイオロスが頭を撫でて、カミュがにっこりと笑顔を見せる。
「じゃあ、頑張るから! カミュと一緒に黄金になる! そう決めた!」
ミロがすっくと立ち上がった。
「もう無茶はしない! カミュにも他の誰にも怪我なんかさせない!誓うから!」
「それでこそミロだ♪」
うっかりと力をこめたアイオロスがミロの背をたたき、うめき声を上げさせた。
「ああ、すまん! 打ち身がそのままだったのを忘れていた!」
明るい笑い声が双児宮に響く。
命をとりとめ、再び黄金の道を歩み出したミロの再スタートの日だった。


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2006年トリノオリンピックのNHKのテーマソングです。
                      あまり乗り気でなかった今回のオリンピックですが、
                      フィギュア女子シングルに至って、ついに波が来ました。
                      エキシビション1時間半放送をDVDに録り、何回も見ているうちに古典読本編纂を決意!
                      荒川選手のおかげでできあがった話です。

                      最後のほうの双児宮での 「 一家団欒 」。
                      たまにはこんなのを書きたくて♪
                      将来の苛酷な分かれ道に至る以前には、こんな時代もあったのです。

                      それにしても、小さいミロ様が岩を砕く場面、
                      DBの悟天がビーデルの目の前で手から発した気で岩を砕くシーンと酷似してるのですが(笑)。