信じられないことばかりあるの  もしかしたらもしかしたら そうなのかしら

                                                「 UFO 」   歌 : ピンクレディー



フロントの電話が鳴って美穂が受話器を取った。
「はい、そうです。……はい、たしかに当方にご滞在中のお客様です。……え?………まあ!はい、わかりました。すぐにご連絡します、どうもありがとうございました。」
蒼ざめた美穂が通話を終えて、すぐに内線のスイッチを押した。

「カミュ様、この病院ですわ。」
宿の車に送られて美穂と一緒にやってきたのは市内で一番大きい病院だ。
「友人がさきほど救急車で運ばれてきたんですが、どこにいるでしょうか?」
カミュの問いに総合案内のスタッフが親切に教えてくれたのは一階西端の救急処置室だ。
「まだ処置中だそうだ。」
「ミロ様は大丈夫でしょうか?」
「自分で連絡先を言えるくらいだから、たぶん大丈夫だとは思うが。」
カミュはひそかに苦笑する。 思うもなにも、さっきからミロのテレパシーが頭の中で鳴り響いているのだ。

   (おい、早く来てくれっ! 俺は一刻も早くここから脱出したいっ!)
   (待っていろ、じきに処置が終わるだろう。)

心配そうな美穂と一緒に家族用待合室で待っていると、病院のスタッフがやってきた。
「ご家族様ですか?」
「いえ、友人ですが、手続き等は私が引き受けます。」
「ではこちらの書類に必要事項をご記入ください。 診察券をお作りいたします。 保険証はお持ちですか?」
「自費でお願いします。」
「わかりました。 では、処置が終わりましたら医師のほうから説明がありますのでこちらでお待ちください。」
そのまま待つこと一時間。 扉が開いて、ミロが車椅子に乗せられて出てきた。
「まあ……ミロ様…!」
「災難だったな、調子はどうだ?」
「調子もなにも……なにしろこのざまだからな。」
ミロは憮然とした様子でいかにも機嫌が悪そうだ。
「ご家族様には医師から説明がありますので、こちらにどうぞ。」
家族代わりのカミュが医師から説明を受けている間、美穂がミロに付き添っていてくれた。

連れていかれた病室は5階の6人部屋で、ミロのベッドは見晴らしがよい窓際だ。
「なぜ、わざわざ病室に? ……まさか入院っ?!」
「入院だ。 頭を打っているので念のため一晩は入院して異常が出ないか様子をみるとのことだ。」
「そんなっ! 俺はなんともないぜ!」
「あきらめるがいい。 受傷直後は意識が清明でも、数時間後に脳内出血などの異常が出てくることもある。 用心にこしたことはない。」
「う〜〜〜ん……」
落胆しているミロに看護師が幾つかの説明をして、カミュに入院手続きの書類を渡すと部屋を出て行った。
部屋は満床でほかの患者も寝ているので小声で話す。
「足はお痛みになります?」
「痛み止めが効いてるから今は大丈夫だけど。 心配かけてすまない。」
ミロが溜め息をつく。
「どんな状況だったのだ?」
実はカミュはテレパシーで詳しく聞いているのだが、何も知らない美穂の手前 聞かないわけにもいかないし、肉声で聞くというのはまた違うものだ。
「駅前の交差点で信号が青に変わるのを待っていたら、右後方からいきなり車が突っ込んできてはねられた。 よけられなかったなんて、我ながら情けない。」
「でも相手は車ですもの、しかたありませんわ。 お命に別状なくてなによりでした。」
「いや、俺たちはほら、聖闘士だから。 こういうのはみっともないんだよね。」
「あ…そういうものですか。」
「斜め後ろからいきなりぶつかられたからな。 クラクションも叫び声もなにもなかったんだから、防御もテレポートもあったもんじゃない。 生身の敵と違って、こっちの感覚に訴えてくるものがないっていうのはどうしようもないな。 まったく感知できなかった。」
ミロが悔しそうに自分の足を見た。 骨折した右足は白いギプスで固められている。
「では明日の退院の時にはお迎えに参りますので。 私はお先に失礼いたします。 どうぞお大事になさってくださいませ。」
ミロの様子がわかった美穂が先に帰ってから、さあ、ミロのぼやきが始まった。 もちろんギリシャ語だ。
「冗談じゃないぜっ!あのとき倒れた拍子に頭を打ってさえいなければ治療がすんでからすぐに帰れたし、そもそも足をやられた瞬間に白羊宮にテレポートしてムウに治してもらって一件落着だ!それがついうっかり気絶したばっかりにいつの間にか救急車に乗せられて、気がついたときは病院の治療台の上だぜ。 あれには驚いた!」
「ミロ、声が高い。」
「あ…すまん。 で、すぐそばに立ってた看護師が名前と住所と国籍を聞くから、足の激痛をこらえながらやっと答えたら、骨折しているので治療するからって承諾を求められた!ムウに治療してもらうから いいです、って台詞が喉まで出たが、ぐっと飲み込んだ。あの状況でほかにどうしようがある?」
「それしかあるまいな。」
ミロは目覚めたと同時にカミュにテレパシーで急を告げたのだ。

   ( おいっ、車にはねられた! 足をやられてる! いま病院に担ぎ込まれたところだっ、すぐに来てくれ!)
   ( 落ち着け! どこの病院だ?)
   ( え? そんなことわからんっ!どこかの救急治療室だ! ものすごく足が痛い! うわっ、あの器具はなんだ?!)
   ( 口がきけるのなら、スタッフに私に連絡するように依頼してくれ! すぐに行くようにする!)
   ( わかった!)

このあとも臨場感にあふれたミロのライブ中継は患部のレントゲン撮影、頭部CTと続き、カミュは古舘伊知郎の語りを思い出したほどだ。

   ( おいっ、ギプスをするらしい! 聖闘士がそんなみっともない真似ができるかっ!)
   ( ボルト固定はないのだな?)
   ( ボルトってなんだ? 俺は今すぐムウの治療を受けたい!)
   ( 無理だ! すでに名乗って治療を受けている最中にテレポートしたら大騒ぎになる! そのまま治療を受けろ!)
   ( そんなぁ〜〜っ! カミュ、俺を助けろ!)

「ほんとに災難だぜ!ムウならこんな怪我に1分とかからない。 医療費の無駄もない。 そりゃまあ俺たちは全額自費だが、必要のない医薬品を使うことはないし、日常業務でただでさえ忙しい医師や看護師がさらに忙しくなる。 いいことなんか一つもないぜ。 俺ってものすごく不運だと思う。 お前もそう思うだろう?」
一気に、それでも小声でまくしたてたミロはほんとうに悔しそうで、忿懣やるかたないといった風情だ。
「それはそうだが、無機物の衝突は事前に察知できないのだから、受傷は不可抗力だったろう。 当たり所が悪ければ即死や高次脳機能障害という可能性もあったことを考えると、むしろ幸運だったとも言える。」
「う…」
「そうなったら文句の一つも言えぬ。 足の骨折だけですんだのは幸いだった。 従容 ( しょうよう ) として病床につくがよかろう。」
「お前って冷静過ぎ……」
「そうか?」
「従容としてって、それじゃ江戸時代の侍だぜ。 で、同情してくれる?」
「むろんだ。 骨折の治癒には時間がかかる。 ギプスが取れるまではかなり不自由をすることになるが、私が可能な限りサポートするから大丈夫だ。」
「うん、よろしく頼む。」

   それって、ちょっといいかも♪
   カミュにいたわってもらって、でもそれに甘えないで毅然としてるのってかっこよくないか?

この時点ではミロの頭には、不自由な足をかばいながらカミュに支えてもらって歩く、くらいの自分しか浮かんでこなかった。


                                     


2009 ミロ様お誕生日記念作品