「UFO」  その2


しかし、慣れない病院で一晩過ごすとミロの心に疑念が芽生えてきた。
消灯時間を過ぎた後も他人の寝息やスタッフの巡視の気配で目が覚めるたびにギブスで固定されている足の重さに気付かないわけにはいかず、だんだん気が滅入ってくる。

   こんな足で風呂はどうするんだ?
   病院のパジャマは裾が広いから足が通ったが、自分の服には足が通らないんじゃないのか?
   
ミロ愛用のイタリア製のパンツはピッタリとしたデザインで、どうあがいてもギプスで固められた足は通りそうにない。

   それに、どうやってカミュを抱くんだ?

まさに大問題である。体勢にも難があるうえに汗をかいてもシャワーを浴びられないのだ。 それ以前にカミュが 「 治癒するまでは自重せよ。」 と言うのが目にみえている。
かくて悶々として夜を過ごしたミロは、この状況にすっかり嫌気がさしていた。

「どうもお世話になりました。」
「どうぞお大事に。」
会計を済ませたカミュが薬の袋を持って待っていたミロと合流し、迎えにきていた宿の車に乗り込んだ。 慣れない松葉杖を突くミロは、はなはだ機嫌が悪い。
「退院できてよかったな。」
「できなきゃ困る。ただでさえ最悪なのに!」
今日のミロは紺のジャージを穿いている。 迎えに来たカミュがそれを出して見せたときには当然のことながら一悶着あった。
「なんで俺がっ!」
「お前のために美穂が用意してくれたのだ。その足ではしかたあるまい。」
「いやだっ!」
「気持ちはわかるがほかにどうしようもない。あと考えられるのは浴衣、着流し、作務衣、甚平、袴あたりか。 むろんギリシャの長衣も対応可能だ。 お前がよければ今すぐ天蠍宮から持ってきてもよいが。」
「………わかった……もういい。」
いつもは陽気なミロが無口になって、沈黙のまま車が宿についたのは昼時だ。
「ミロ様、お帰りなさいませ!」
美穂と居合わせたスタッフ5人が出迎えたが、ミロは頷いたきりで慣れない松葉杖を使うのに懸命だ。
「私の肩につかまったほうがいいのではないか?」
左の靴を脱がせながら、あまりにもはかどらない様子を見かねたカミュがそう言うと、
「人前でそんなことができるか!先に行ってる!」
え?とカミュが思ったときにはミロの姿は忽然と消えている。食事処へテレポートしたのだ。

   なんということをっ!

美穂は二人が聖闘士であることは承知しているしテレポートも何回も目撃しているからともかくとして、ほかのスタッフはなにも知らないはずだ。 さすがに慌てて振り向くと、美穂以外の女性従業員が目を見開いて騒ぎ始めた。
「まさか………ミロ様って宇宙人なんですかっ?!」
「ええっ、そうなのっ!」
「だって、消えたもの! きっと宇宙人よ!」
「うそ〜〜っ! それじゃ、カミュ様も?!」
興奮した台詞が飛び交い、慌てた美穂がおろおろとしているのが目に入った。
「驚かせてすまない。 あとの説明はよろしく頼む!」
やむなく美穂に目配せしてカミュも急いでミロのあとを追う。 むろんまっとうに自分の足で歩いてだ。

「ミロ! いきなりテレポートはなかろう!」
「もう懲り懲りだ。 松葉杖なんて使ってられるか! 黄金には似合わん! たとえ黄金の松葉杖を持ってこられてもごめんだね。」
椅子に腰掛ければなんの不自由もないので、ミロはせいせいした顔で運ばれてきた帆立釜飯を食べはじめた。
「しかし!何も知らなかったスタッフがどれほど驚いたと思うのだ!」
「うん、わかってる。 いきなりテレポートはたしかにまずかった。 すまん、もうしない。」
こうもきっぱりと謝られてはカミュにもなにも言えはしない。
「いい味だ。 お前も冷めないうちに早く食べたほうがいい。」
「ああ…そうだな。」
そのあとはいつものように食事を終えて、今度はミロも真剣に松葉杖と取り組みながら離れに戻った。 スタッフの視線が気になったが、努めて知らぬふりをした。

「風呂に入れないなんて地獄だぜ、こんなにいい温泉なのに。 じゃあ、どうするんですか?って聞いたら、熱いタオルで身体を拭いてください、って言われた。 埋め合わせに、お前が入ってるとこを見学させてくれないか?」
「断る!」
「わかってるよ、冗談だ。」

そして夜が来た。
「あ〜、やっぱりだめだ! 足が気になってどうにもならん!」
「だからよせといったのに。」
「だって一ヶ月も指をくわえて待てるわけがないだろう。 お前だって欲求不満になるし。 ともかく不自由きわまりない!」
「私はそんなことは…」
「今日だけじゃないぜ、一ヶ月だ、一ヶ月! お前は平気なのか?」
「それは…」
「だろ! こうなると損害賠償の意味がわかってくるが、この場合、いったいどんな基準で算定するんだ? 相手がお前だと最高ランクなのは間違いないが。」
「…さぁ?」

そうして不本意な夜が過ぎた翌朝のことだ。
先に目を覚まして朝湯を済ませたカミュが戻ってくるとミロが茶をいれていた。 それはいいのだが、カミュの目にはミロが正座しているように見えるのだ。

   ……なぜ正座できる?
   あの足でどうやって?

「…ミロ?」
「うん、さっきムウのところに行って治してもらってきた。 やっぱりこのほうがいい。」
「えっ!」
ミロがすっと立ち上がって見せ、カミュを唖然とさせた。