「UFO」 その3


「急なことで申し訳ない。一ヶ月経ったら戻るつもりだ。」
「はい、お部屋はそのままにしておきますので、どうぞごゆっくりなさってらしてくださいませ。」
「では。」
「ほんとにすまなかった。必ず戻って来るから。」
美穂の目の前で二人の姿が消えた。

「それで戻ってきたのか。 どうしたのかと思ったぜ。」
「ギプスなんてうっとおしくて、一日も持たなかった。 治癒してもらうとき、ムウが珍しがってたな。」
「そりゃ、そうだろう。 聖域ではちょっとお目にかかれない代物だ。」
巨蟹宮でデスマスクとミロが話し込んでいる。
「で、俺の足を見たカミュがいきなり教師モードだ。」
「ふ〜ん! ますます災難だったな。」

ギプスをしていないミロを見たカミュが唖然とし、それから厳しい説諭が始まったのは当然だ。
「どうするのだっ! そんなことをして、なんと説明するっ!」
「え?」
「え?ではない! この宿のスタッフは我々の素性について薄々わかっているとは思うが、それでもテレポートについて知っているのは美穂だけだったのに、昨日お前が何人もの前で見せ付けて、私はどれほど驚いたか知れぬ! 何も知らぬスタッフがお前のことを宇宙人だと言い始めて、どれほど美穂も困ったことか! 宇宙人になれて嬉しいか?!」
「ええと、それは…」
「やむをえず美穂に、スタッフへの説明と外部への口止めを依頼し、ほっとしたのもつかの間、今度はこれだ! おととい骨折してギプスをしていた人間が二日で完治している理由をどう説明するのだ! 昨夜の夕食で宿泊客にお前の様子を見られて注目を浴びているから、もう朝食には行けぬし、さらに悪いことには今朝の新聞だ!」
「え? 新聞がなんの関係が?」
ミロはカミュの剣幕にどぎまぎである、
「自分で見るがいい!」
座卓の上にあった朝刊を突き付けられたミロが見たものは。

『 11月8日午前10時ごろ、駅前大通交差点で信号待ちをしていた歩行者の列にワゴン車が突っ込み、ギリシャから観光のため来日していた男性(20)をはねて全治一ヶ月の怪我を負わせた。 警察は、ワゴン車を運転していた市内の会社員男性(28)が脇見運転をしていてハンドル操作を誤ったものとみて取り調べをしている。 市の観光協会では市内に滞在している外国人に多大な迷惑をかけたことを重視し、謝罪方法について検討を始めた。 』

「あらら…」
「あららではないっ!」
「はい…」
「美穂に聞いたところ、交通事故の処理は、被害者への損害賠償、医療費の請求、後遺症の認定などで大変な手間と時間がかかるということだ。 加害者から委任された保険会社が医療機関に調査に来た際に、あの患者は後遺症もなく二日で完治したという連絡があったので大丈夫です、などと言ってもらえると思うか? 保険会社、警察、病院が疑問を感じて一斉に問い合わせが来る。 医師の診察を断ることはできないだろう。 そのうちにこの医学上の 『 奇跡 』 がマスコミに知れて、私たちの身元が洗い出されて白日のもとにさらされかねん! 聖域や聖闘士のことがマスコミに興味本位で取り上げられたらどうするのだ?!」
「どうするって……でもたしか、例のアテナ主催のギャラクシアンウォーズのときに日本のマスコミがとっくに…」
「あの時はアテナもまだ日本の財閥の代表に過ぎなかったし、聖域にはマスコミはタッチできなかったはずだ。 日本人は大規模な格闘技のイベントとしか認識していなかったろう。 そもそも、なにごとも水に流す性格の日本人はそんな昔のことはもう忘れている。 お前の好きな 『 世界ふしぎ発見! 』 や 『 アンビリバボー 』 が取材に来たらどうする? そんなことになったら我々もここには住めぬ。 即刻引き払わねば美穂たちにも多大な迷惑をかけることになるだろう。」
「えっ、そうなのか?」
「当然だ。 私たちの写真やコメントをとろうとしてマスコミがやってきて、敷地内には入れぬため道路に張り込むことになり他の泊まり客にも迷惑だ。 問い合わせの電話も多数かかってきて宿の業務に支障をきたす。」
「……ほんとに?」
ただでさえ噂に高い 『 美形の外人さん 』 を一目見ようと、わざわざこの宿の前の道を散歩したり車で通ったりする若い女性たちがいるのはミロも知っている。 いや、若いとは限らないような気もするが。
この土地に何年も滞在している二人は地元ではかなり有名で、すぐ近くに住んでいるにもかかわらず、半年も先の宿泊を予約して二人と同じ宿に泊まる者さえいるくらいだ。 食事をしているとさりげなさを装った熱い視線が集中してくるのでミロにはわかる。 むろんカミュはまったく感知しない。
ただでさえそんな状況なのに、このうえマスコミがくるというのはたしかにまずい。
「お前の骨折が二日で治癒するとこのように困った事態になる。 ゆえに、これらを避けるための唯一の手段は、すぐに聖域に帰り、骨折が直るはずのころまで日本に戻らぬことだ。 それなら余計な詮索は受けない。」
「う〜ん、ほんとにそれしかないかな?」
「ない!」
ぴしゃりと言われたミロが溜め息をついた。
「それからギリシャに帰るまで、お前はこの部屋から一歩も出てはならぬ。」
「え!」
「他の客が全員チェックアウトしてもまだスタッフがいる。 昨日のテレポートだけでもセンセーションを巻き起こしたのに、この上その足を見られたら再び宇宙人の噂が立つだろう。」
「なんでいちいち宇宙人なんだ?」
「宇宙人と地球人との相違点を際立たせるために、彼らは傷を治癒することができるという設定を持つ漫画や小説は数多い。 一般の日本人にとっては、聞いたこともない聖闘士の能力よりも宇宙人の能力のほうが身近ともいえる。 その誤解を是正するために小宇宙や聖闘士のことを事細かに説明することは差し控えたい。聖域について知っているのは美穂だけで十分だ。」
「そりゃまあそうだな。 じゃあ、朝飯はどうするんだ?」
「忙しいのに心苦しいが、離れに運んできてもらうしかあるまい。」
「いっそのこと食べないですぐに聖域に帰るっていうのはどうだ?」
気楽に言ったミロに氷の視線が向けられる。
「交通事故の被害者が勝手に姿を消すわけにはいかぬ。 すでにこのことはマスコミや警察にも知れているのだ。 そんなことをすればこちらが犯罪者で官憲の追求から身を隠したのではないかと疑われかねぬ。 すべての手順を整えてからでないと帰れない。」
「あ……そう…」
食事の件でフロントに電話をかけ始めたカミュの背中を見ながらミロは大きな溜め息をついた。