第一章    出会い


深夜のプチ・トリアノンあたりに動く人影がある。
「あれだっ!捕らえよ!」
通報を受けて駆けつけた銃士隊が一斉に剣を抜いて賊に切りかかった。
激しい闘いの途中で、一人の男がつないであった馬に飛び乗り王宮の裏手の方に逃れてゆく。
「私が追う!ここは頼む!」
手綱を引き絞ったカミュ・フランソワ・ド・ジャルジェは急ぎ 男のあとを追った。首謀者が奪った宝石を持って逃げようとしているのに違いないのだ。 残った賊も散り散りに馬を走らせ一斉に追っ手がかかる。
カミュが追っている男はよほどの馬の達者らしく、普通なら迂回するような悪路も躊躇することなく馬を進めて止まることがない。やがて森に沿ってゆるくカーブを描く道に差し掛かったときカミュが相手の影を間近に捉えた。

「待てっ、もう逃れられぬ!」
馬が疲れたのか速度が鈍った相手に後ろから呼びかけると、
「やはりカミュか!」 
そう言った男が馬を止めて振り向いた。
「なにっ、なぜ私の名を?!」
「幼馴染みのお前の声を忘れるものか!久しぶりだな、俺の顔を見忘れてはいまい。」
「あ……」
帽子をとったその男は、ミロ・ラフェール・ド・トレヴィル、五年ほど前に消息不明となった親友ではなかったか!波打つ金髪が月の光に輝いた。

「なぜだっ、なぜこんなことをする! きっとどこかで生きていると信じていたが、ミロがなぜ盗賊の真似など………!」
「お前も気づいている筈だ。今の王政はいずれ倒れる。 贅沢と不正のはびこる王室への民衆の不満は高まる一方だ。パリ市民には一片のパンもなく餓えて死ぬ者さえいるというのに、それを聞いた王妃は、パンがなければお菓子を食べればよいのに、と言ったのだぞ!」
「それは………」
「俺は一介の盗賊などではない。 世情を騒がせて政権の脆弱さを見せ付けてやるのが目的だ。 いずれ市民が一斉蜂起するのは間違いない。」
「しかし、だからといって…!」
カミュは唇を噛んだ。 一部の貴族の贅沢と傲慢と無知が国政をゆがめ財政を疲弊させているのはむろん知っている。
「でも、いかに体制側とはいえ、カミュ、俺はお前を傷つけたくはない。」
ミロがいきなり馬を寄せてカミュの手首を掴んだ。 思わぬ力に一瞬カミュがひるむ。

「よく考えてみるんだな、民衆の我慢は限界に来ている。王政が倒れる時には取り巻きの貴族もすべて共倒れだ、下手をすれば今はやりのギロチンの露と消えかねん。悪いようにはしない、思い直すなら今のうちだ!」
ミロがカミュの腰に手を回した。
「なにをするっ!」
「こうするのさ♪」
ぐいっと引き寄せるとミロはそのまま唇を重ねてゆく。

   あ……ミロ……

「もっと俺を忘れられなくしてやるよ♪」
にやりと笑ったミロが、突然のことに息ができずにあえぐカミュをやすやすと馬から引きずりおろした。

「いったい、どういうつもりだっ!」
柳眉を逆立ててなじるカミュにもミロはいささかも動じない。 素早く降り立つと、
「どういうつもりって、馬に乗ったままではさすがにキスがしにくいからな。」
思わぬことに動揺しているカミュをとらえると抵抗するいとまも与えずに再び唇を重ねたものだ。 こんどは先ほどよりもはるかにやさしく柔らかで、そのようなことを知らぬカミュもさすがにそれに気付かないではいられない。
背に回された指先が背すじに沿ってすいっと下ろされてゆき、そのはじめての感触がカミュをぞくりと震わせた。
「……っ……ミロっ!」
「気付かなかったか? 小さいときからお前のことが好きだった。 誰よりもお前が一番だ、ほかの女など目に入るものではない、カミュ………」
喉もとに押し当てられた唇の熱さに思わず頭をのけぞらせた拍子に、どこをどうされたものか、いつの間にかカミュは地面に横たえられている。

「あっ…!」
予想もしなかったミロの行動にうろたえて慌てて起き上がろうとするカミュの動きを読んでいたのか、あっさりと両手をとらえたミロが白い首筋からのどもとに唇を滑らせる。
「ミロっ!………よ、よせっ……………あぁ…」
熱い吐息に耳をくすぐられて思わず洩れたおのれの溜め息がカミュを動揺させた。

   ミロ……ミロ………なぜ、こんなに急に!
   やっと会えたのに………もっと………もっと互いのことを知ってからでも遅くはないのに………

子どものころはいざ知らず、物心ついてからというものは人と身体を触れ合わせたことがない。
生来 生真面目なたちで、ワインを夜っぴて飲んで肩を組み合って放歌呻吟するといった振る舞いとは無縁だったカミュにとって、初めて触れるミロの身体の熱さは強烈すぎる洗礼だった。