第三章 中断
「なぜ………なぜ、こんなに急ぐ?」
ミロの目をまっすぐに見られない………真剣さに押されて目をそむけてしまう
どうしてそんなにはっきりと想いを伝えられるのだ?
私は想うことの千分の一も伝えられないというのに
「なぜかって?
次にいつ会えるかわからないからだ。
お前が銃士隊に入ったことは知っていた、先月追われたときに誰かがお前の名を呼ぶのを聞いていたからな。しかし俺の今の立場では屋敷に訪ねていくわけにも行かず、ましてや銃士隊の詰め所に人探しにいけるわけがない。お前と一対一で話すには、こうして追ってきてもらうのが一番だ。
やっと今夜その望みが叶ったのだ、想いを遂げずに帰すわけにはいかないのさ。」
「あ………ミロっ…!」
一つ二つとボタンをはずされて熱い唇が寄せられた。
波打つ髪が肌に触れ、ぞくりと震えたのを感づかれたかもしれない。
好きなのは私だけだと思っていた………
自分の気持ちを押さえ込んで……悟られぬようにと気をつかって………
でも、ミロも私を………それもこんなに急に…!
混乱する気持ちをどうすることもできなくて言葉を探しているうちに、ミロが返事を待ちかねたようだ。
「カミュ……!」
言葉に切羽詰った想いが込められた。
「ミロ、やっと………やっと会えたのにどうしてこんなことを………なぜそこまで…急ぐ?」
あまりに急な展開に動揺したカミュがミロの手を押しのけようとするが、とてもかなわないことを思い知らされる。力の限り抵抗すればこの場を逃れられるかもしれないが、それができないのは心の奥底でこの事態を肯定する気持ちがあるのではないかと思い至るカミュなのだ。
私はミロのことを……想っている?
まさか………抱かれたいと思っているのか?
……そんな! そんなこと!
露わにされた肩に触れているミロの唇が焼け付くように感じられ、頭の芯が焼き切れそうだ。
「俺は急ぐ。
なぜ急ぐかって?
この国が革命への道を歩んでいることが見えないとでも言うのか?明日のことはわからない、次に会うときは一方が死体になって転がっているかもしれないのだ。ずっと好きだったお前を抱かずにはいられない!」
国を憂う心とカミュを想う気持ちがミロの心をはやらせる。
性急な動きにカミュが息を呑んだとき、街道の方から数騎の馬蹄の響きが聞こえてきた。はっとしたとき、すぐ近くで馬が止まり人声がしてきたではないか。
「ここに落ちている帽子はカミュのものに違いない!
このあたりにいるのかもしれん!」
それはカミュと同じ銃士隊のレオナールの声だった。
木立の中で組み敷かれているカミュが全身を硬直させた。
「ちっ、余計な邪魔が…!」
ミロが緊張した面持ちで耳を澄ます。わずかに眉を寄せる引き締まった横顔を見ながら心臓を冷たい手でつかまれた思いのカミュは気が気ではない。こんなところをレオナールに見つかったらと思うと、先ほどとは違った意味で震えてしまうのも当然だ。羞恥と恐怖に襲われたカミュが我が身を抱く腕にすがりつく。
「ミロ……」
「黙って…」
耳元でささやいたミロがカミュに覆いかぶさるように身を伏せたのは、木の葉の間をこぼれてくる月の光に照らされている白い肌があまりに目立つような気がしたからだ。熱い吐息が互いの首筋をかすめ胸の鼓動の高鳴りは手に取るようにわかるのだ。
「こちら側を探せっ!」
幸いなことにレオナールたちは道の反対側の森に分け入っていったようだ。
「ついてるな♪
俺が奴らをひきつけるから、その隙にお前はパリに戻れ。
明日の夜10時にサン・ドニ門で会おう。そのときに…」
すっと身を起こしたミロが懐から皮の袋を取り出すと中身を半分ほど手のひらに載せた。
「残りは明日の夜、お前が一人で来たら渡してやろう。
お前にはそれだけの価値がある。」
「え……?」
咄嗟に何のことかわからずにいると、ふっと笑みを浮かべたミロが、木立を透かして月の光がこぼれる白い胸に手の中の物を散りばめていったではないか。金銀で細工が施されたそれは今夜掠め取った宝石の数々に違いない。
「あ……」
「思ったとおり、よく似あうぜ♪」
驚いて半身起き上がりかけたカミュを素早くかかえたミロが唇を奪う。
深く甘く蜜を吸うそれはカミュをめくるめく陶酔の海に誘い込む。
ミロ………ミ…ロ………
「明日、待っている。」
そう言い残したミロが馬に乗り一つ拍車を入れると街道を矢のように駆け出した。
「あれだ、追えっ!」
すぐにレオナールたちがあとを追う馬蹄の音が響き、やがてあたりは静けさを取り戻す。
「ミロ………」
素肌に乗っていた宝石が滑り落ち、カミュがびくりと身を震わせた。
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