ミロ法師  その1

今は昔、信濃の国の天蠍村にアイオリアと魔鈴というお似合いの夫婦が住んでいた。
アイオリアは村でも一番の力持ちの働き者で、魔鈴は男顔負けの勇気と度胸のある女房だった。 二人は子供が欲しいとは思っていが、夫のアイオリアがあまりにも真っ直ぐで純情だったので、夫婦だというのにいまだに魔鈴の手を握るので精一杯という有り様だ。こんなことでは子宝に恵まれるはずはない。
夫婦は、どうか子供をお授け下さい、と村のはずれにあるお堂の女神の像に毎朝お参りに行っていた。

ある日のこと、魔鈴が山に柴刈りに出かけアイオリアが泉で水汲みをしていると、女神の像の近くに生えている林檎の木から林檎の実が一つ泉に落ちてきた。艶々とした立派な大きさもさることながら、なんとその実は黄金に輝いているではないか。
びっくりしたアイオリアは魔鈴に見せようと林檎を大事に腕に抱えながら風の様な速さで家に向 かって走って行った。
「見てごらん、魔鈴!こんなきれいな林檎を見つけたぞ!」
途中で柴刈りから戻ってきた魔鈴と出会ったアイオリアが懐に入れていた金の林檎を見せたとき現れたのは村一番の乱暴者で知られるデスマスクだ。この男は顔立ちはなかなかいいのに素行がよ くないので村人はみんな困っているのである。
「ふうん、いいものを持ってるじゃねぇか。 ちょっと貸せ!」
持ち前のジャイアニズムを発揮したデスマスクはアイオリアの持っていた金の林檎をひったくった。
「ちょいとデスマスク!あんたうちの亭主に何するんだい!」
その言葉も言い終わらないうちに黄金の林檎は魔鈴の手の中へ。 魔鈴はその素早い身のこなしから村人たちに早鷲の魔鈴と呼ばれているのだ。
「なにぃっ、魔鈴!女の分際でこの俺に盾突く気か!」
「文句があるのかい?うちの亭主が見つけた宝物だよ!おとといおいで!」
魔鈴も一歩も引かず、 揉め事が大きくなってきたそのとき、村の代官所のお侍のシュラが馬に乗ってやってきた。 シュラはデスマスクの一つ年上の兄で眉目秀麗、頭脳明晰、謹厳実直なすこぶる評判の高い青年武士だ。
「おい、デスマスク! こんな所で何をしている?言いつけておいた薪割りはもう終わったのか?」
馬上のシュラが眉を潜めてデスマスクに問い掛ける。
常日頃の弟の行状を見るに見かねたシュラが毎日の日課として与えた薪割りだが、早々に飽きてしまったデスマスクはさっさと抜け出してアイオリア夫婦に遭遇したのである。
「それは……」
「おおかた嫌になって逃げ出してきたのであろう!不埒なやつめ!さらに人の物を奪わんとするとは重ね重ねけしからぬ。貴様はこの兄の顔に泥を塗る気か?はよう帰って薪割りをせよ。このうえ懈怠すると許さぬから、さよう心得よ。この兄の刀の錆になりたくはあるまい?」
流れるようにそう言うと、シュラは恐れ入ってぐうの音も出ないデスマスクの手から金の林檎を取り上げた。
「我が愚弟が申し訳ないことをした。許せよ。……あっ!」
シュラが謝罪を述べつつ魔鈴に黄金の林檎を渡そうとしたそのとき、 シュラの手から地に転がり落ちた林檎はまばゆい金色の光を発したと思うとパカッと見事に二つに割れて、中から一寸ばかりの小さい人が転がり出たではありませんか!
「これは!」
びっくりした四人が目をみはる。
「林檎から赤子が生まれるとは!」
急ぎ下馬したシュラがそっと掌に乗せると、たいそうかわいらしい男の子だ。金色の髪が不思議だったが、金の林檎の実から生まれたと思えばさもありなんと思われた。
「まあ、かわいい!シュラ様、ぜひともこの子を私の子として育てさせてくださいまし。」
魔鈴のたっての願いにアイオリアも同様に頼み込む。
「よかろう、この子は神仏のおつかわしになった子かもしれぬ。心して育てるのだぞ。」
「はい!」
こうして子のなかったアイオリアと魔鈴夫婦に子ができたのだった。

黄金の林檎から生まれた赤子は、たいそう愛らしく美しかったのでアイオリアと魔鈴は夢中になった。 惜しむらくはその身体の小ささだが、林檎から生まれたとあらば仕方がない。
生まれたばかりの赤子を覗き混んでは、
「このぱっちりとした目は魔鈴似じゃないか?」
「鼻筋の通ったところはアイオリア似だよ。」
仲睦まじく笑った夫婦は赤子を大事に育てることになった。
数年がたち、ミロと名付けられたその男の子はとても利発でアイオリアと魔鈴の手伝いをよくするようになったが、どうしたことか背丈は三寸を超えることはなかった。
「ご飯はよく食べるのにねぇ」
がっかりする魔鈴をアイオリアは慰める。
「ミロは神様からの授かりものだ。賢くてやさしくてよく気がつくいい子じゃないか。俺はミロを本当の子供だと思ってる。」
「あたしもだよ。」
こうして愛情たっぷりに育てられたミロはやがて15才になった。
身体は相変わらず小さいものの、考え方は大人となにも変わらない。やがて狭い村の暮らしに飽き足りなくなったミロは、京の都に行ってみようと考えるようになった。ミロの住んでいる村にはない珍しいものを見てみたくなったのだ。
「父上、母上、俺を都に行かせてください。」
アイオリアと魔鈴はミロの決意を聞いてたいそう驚いたが、その意志が固いことを知るとついに許しを与えることになった。
「立派な侍になったらきっと戻ってきます!それまで首を長くして待っていてください。」
こうしてミロはまだ見ぬ都にのぼることとなったのである。