ミロ法師  その10

紙の人形はひらひらとしているようでも隙がない。 今までミロ法師が相手にしてきたカブトムシや蟷螂とは異質のものでまるで勝手が違う。
剣の技は風に舞う落ち葉や舞い散る火の粉を相手に変幻自在に闘えるように鍛えてきたつ もりだが、今までに一度も自分と同じ大きさの人間の形をしたものと対峙したことがないので常になく緊張が走る。 人形が構えている剣もシャカが紙片を縒って作ったもので、切っ先は案外鋭そうだった。

    まさか俺の蠍火ほどではあるまいが、油断は禁物だ
   ここで負ければ大臣の恥にもなるし、姫にも顔向けができん

しばらく睨み合っていたあと、どこに隙を見出だしたものかミロ法師が一歩踏み込んで鋭く真横にないだ。ゆらりと交わした紙人形がぱっと飛び上がってミロ法師の頭上から一太 刀浴びせて大臣をひやっとさせたが、ミロ法師も身軽く跳びすさって再び剣を構え直した。

   こやつ、まるで生きている人間のようだ
    噂に聞く都一の陰陽師とは、かくも奇怪な術を使うものか!

人形の動きは緩慢なように見えても無駄がない。初めて互角に闘える相手と巡り会ったミロ法師は闘志を漲らせてひそかに小宇宙を高めてゆく。紙人形がどのような力をもってい るかわからないので油断はできないのだ。
心というものを持たない紙人形は恐れもなければ疲れもしない。長引かせれば不利になる。 ミロ法師には相手の出方を待っているつもりはなかった。

   名刀蠍火の真価を見るがいい
   一気にかたをつけてやる!

ぱっと飛び込んだミロ法師が人形と激しく切り結び始めた。 こよりの剣は紙でできている筈なのにミロ法師の蠍火と同等の硬さを持っていて、小さいながらも鋭い金属的な音を響かせる。北の長局から出てきた女房がこちらを見たが何も気づかずに軽く頭を下げて行ってしまったところを見ると、この剣戟の音は行く秋の虫の音よりもひそやかな音であるらしかった。もとより三人の高位の男たちの鼎談と知ってあえて近寄ってくるはずもないのだが。
一方、この闘いを見たシャカは内心舌を巻いていた。紙人形がまるで生命を持って闘っているようにみえても、実際に動かしているのはシャカである。
これまで幾度となく対峙してきた妖怪は、シャカに言わせれば強いといえども知恵がないも同然で、力で押してくるばかりで考えるということをすることがない。いや、できないのだろう 。ゆえに労せずして勝つというパターンが繰り返されている。 ところが突然大臣が懐から出して見せたミロ法師は人並みの知恵を持ち、針のような剣を自在に操る使い手だった。 これが驚かないでいられようか。

   素晴らしい!
   現世でこのような人に出会えようとは思わなかった
   ぜひとも大臣の言に従い、共に百鬼夜行を退治したいものだ

シャカがその結論に達したとき、ミロ法師の紅く灼熱した蠍火が人形を袈裟掛けに切り下げた。力をうしなった紙がめらめらと燃えだし、あとにはわずかばかりの灰が残っている ばかりである。
「見事!」
「実に素晴らしい!」
「いかにも天晴れ!」
ロス大臣、シャカ、ムウの三人が一様に感嘆の声を上げる。やんやの喝采の中で頬を紅潮させたミロ法師が剣を腰の鞘に納めた。