ミロ法師  その7

なにはともあれ、今上帝の御諚であれば何人たりとも逆らう事は赦されぬ。 参内するための装束を整えるためにいったん下がっていったミロ法師が暫くしてから女房に案内されて現れた。
涼しげな色目の絽の衣を身に纏うミロ法師の姿を見てカミュ姫もロス大臣もあっと声を上げてしまう。 初めて参内するミロ法師のために女房達が気を使ったとみえて、襟元の青、薄青、白の重ねにほんのりと覗く紅梅の色も美しく、キリリとした眼差しと光り輝く金の髪によく映える表着の色は若々しく爽やかな若菖蒲でカミュ姫をほれぼれとさせずにはられない。
菖蒲よりも淡く、 けれどみずみずしい色目の襲 ( かさね ) はこの小さいけれど凛々しい人にまことによく似合っていた。
「こんなこともあろうかと仕立てておいてようございました。」
実は十五歳の青年だというのにどうしても幼く見えるミロ法師をなめるように可愛がっている乳母がこんなこともあろうかとこっそり仕立てておいたというのである。
「あのお色は若菖蒲ですわね。ほんとによく似合っていますこと。」
「お若い方にはぴったりでございましょう。」
居並ぶ女房達がほめそやすことも限りない。いつもは肩口くらいに結んでいる髪も烏帽子をかぶるために結い上げていて、それも目新しく思えるし、腰に差した愛刀はもちろん使い慣れたる蠍火だ。これが人並みの大きさであったなら……とため息をつきたくなるような男ぶりなのだった。
カミュ姫とロス大臣の前に手をついて口上を述べる美しくも雅な姿はロス大臣に 、この様な小さい身体で無ければ姫と娶せたものを、と内心ひどく残念がらせたのである。

さて、ミロ法師の身支度は整ったが、一人だけでの参内など思いもよらぬことだ。
寛いだ直衣から格式張った衣冠束帯に着替えたロス大臣と共に生まれて初めての牛車に乗ったミロ法師はわくわくするばかりである。 むろん車寄せにつけられた牛車には大臣に軽く抱かれて乗ったのだ。そうでもしなければ、車の長柄を伝って歩くという軽業まがいのことをやってのけなければミロ法師一人で乗 り込むことはできなかったろう。 普段の気さくな装束ならたやすいことだが、今日はかさねの色目も鮮やかな正装なのでそれもできかねる。
首尾を案じたカミュ姫が車寄せ近くの柱の陰からそっと見守っていると、牛飼い童に引かれた大きな黒牛がのっそりと歩きだした。 見た目は優雅だが、牛車はたいそう揺れる。 現代と違って道も未舗装ならゴムタイヤもありはしない。轍のあとや水溜まりを木製の車輪で乗り越えると大の大人の大臣でも身体が揺れるのにミロ法師の小さな身体ではたまっ たものではないのだ。
「あっ!」
大きな揺れに身体ごと弾み、そのとたん大臣の大きな手につかまれた。
「どうにも危ないな。そなたに怪我をさせようものならどれほど姫に叱られることか。」
笑った大臣の膝に乗せられ、そっと掌で囲まれた。
「帝は私になんの御用がおありなのでしょう?」
いかに村育ちとはいえ、アイオリアがきちんと仕込んだので、改まった席や目上に対しては俺ではなくて私と言うだけの行儀作法は身つけている。
「そうさな……今上の御心は我等にはようはわからぬが、まず世にも珍しき小さい人をおん自らのお目でご覧になりたいのであろうよ。同じ屋敷に暮らしていても日ごと夜ごとに 不思議でならぬのだ。」
ミロ法師を見たいのは当然だ。こんな小さい人間が生きて歩いて口をきくなど、世間の誰もが見たがるのは間違いない。 だが、問題はそのあとだ。

    ミロ法師を目の当たりにした今上が黙って我が屋敷に帰してくださるものかどうか?
    一晩二晩は留め置かれ、そのままなし崩しにおそばで伽をさせることも考えられる
   そんなことになったら姫がどう思うか……

ミロ法師が参内の仕度をしている間にロス大臣はさんざんカミュ姫にくどかれたのだ。
「父上様!どうかミロ法師を連れ帰ってきてくださいませ!誰一人知り人のいない内裏に置かれたらどんなに困ることでしょう!そんなことになったら、わたくしは泣いてしまい まする。」
できることなら一緒に参内したかったろうが、屋敷の奥の几帳のうちに顔を隠している姫にはそれはかなわぬことである。 尚侍などの公の役職に就くか、あるいは五節の舞姫になるか、そうでなければ姉の一の姫のように入内でもしなければ、姫が宮中に参内することなどあり得ない。屋敷内で虫を探しているのとはわけが違うのだ。
こうして言いようのない不安を抱えたロス大臣と初めての参内に緊張しているミロ法師を乗せた牛車は内裏の中へ入っていった。