「彼岸花」
「 カミュ………」
夕方になってやってきたミロが、それ以上なにも言わずにカミュを抱いた。
それは驚くほど強い力で、息ができないほどに感じたが、カミュはミロの好きなように抱かれるつもりでいたのだ。
三日間にわたる闘いの余韻が、戻ってきてもなお、ミロの神経を高ぶらせ、カミュを求める心をひときわ強めているのはとうにわかっていた。
いくばくかの時が過ぎ、一向に弱まらぬミロの力についにカミュが音を上げた。
「 ミロ………少し離してくれぬか……苦しくて…」
「 あ…………すまん……気がつかなくて……」
慌ててカミュの身体を離したミロが、今度はカミュの手を取り長椅子まで導いた。
ほっとしたように馴染みの場所に腰を下ろすと、しみじみとカミュの瞳を覗き込む。
いつに変わらぬ蒼い色の中にかすかな懸念の色がある。
「 カミュ………もしかして……俺……血の匂いとか……する?」
「 安心しろ、そんなものはありはしない。」
むろん、黄金聖闘士の闘いにそんなことなどあるはずもなかったが、ミロの言わんとしているのは実際の血ではなく、殺伐とした戦闘の高揚心や過剰な反応を指し示していることはよくわかっている。
黄金聖闘士が小宇宙を究極にまで高めれば、全身の細胞の一つ一つに至るまで、その余韻がしばらくは残るものなのだ。
「 ただ………」
「 ただ……なに?」
ミロの目が不安の色を帯びる。 カミュに余計な気をつかわせぬように、ここに来る前に十分な余裕を持って、闘いの残り香を消してきたつもりなのだ。
「 お前の小宇宙には、ふつふつとたぎっていた残照がかすかに残っている。それに………」
カミュの手がミロの首筋に触れた。
「 体温もいつもより若干高めだ。興奮冷めやらぬ、といったところか。」
「 かなわないな……」
ミロがその手をとり口付けた。
アクエリアスだからなのか、カミュの体温はやや低めで、その肌身はいつにも増して涼やかである。
手の甲に押し当てられたミロの唇が徐々に二の腕へとのぼってゆき、それにつれてカミュの頬に血がのぼる。
「 ミロ…………」
「 カミュ……お前がいてくれることで、どれほど俺は救われるだろう……」
白い喉まで達した唇がカミュをゆっくりとのけぞらせ、やがてその身は長椅子に横たえられた。
「 カミュ……俺のカミュ………いつまでも俺といてくれるか?」
返事の代わりに伸ばされた白い腕がミロの首に回され、二つの影が溶け合っていった。