※ タイトルの焦慮紀行 ( しょうりょきこう ) は招涼紀行のもじりです。
まったくのパラレル・お遊びであることをご承知おきください。
その1
「おい、ミロ! その後カミュとはうまくいったのか?」
「……え」
天蠍宮から降りてきたミロを捕まえたのはデスマスクである。
もっともミロの冴えない顔色と返事を見れば、今現在の二人の関係は火を見るよりも明らかだ。
シベリアからカミュが帰ってきたら絶対に気持ちを打ち明けて付き合うようにする、と宣言していたわりにはミロには踏ん切りがつかないらしい。 デスマスクは舌打ちをした。
「やっぱりな。 そんなことだと思ったぜ、ここは一つ俺が手を貸してやってもいいが。」
「そんな必要はない! 自分のことは自分でやれる! ほうっておいてもらおう!」
「そう怒るなよ、そんな悠長なことをやってたら、サガにカミュをさらわれるぜ。」
「なにぃっっ!!」
ミロの顔色が変わった。
「サガだとっ! おいっ、それはどういうことだ?!」
血相を変えてデスマスクの胸ぐらをつかみかねない勢いにミロの怒りと不安がわかる。
「来週、サガが一ヶ月に及ぶ任務を終えて帰ってくるのはお前も知っているだろう?
そのあとでサガはカミュと一緒にシベリアに行って一週間オーロラの観測をする予定になっている。
科学調査と称しているが、誰が見ても休暇をかねた旅行だな。 その時にサガはカミュを…………っていうもっぱらの噂だ、なにしろ、回りには人っ子一人いないからな、一週間もあればどうにでもできる。
知らなかったのか?」
「そ……そんな……!」
ミロが蒼白になった。
その2
聖域に来たもののフランス語しかわからなくて孤独の淵にいた幼いカミュの手を取り足を取り慣れない暮らしに馴染ませようと心を砕いたのはサガとアイオロスだ。
ギリシャ出身のミロはそれほどの恩は感じていないが、一人異郷に連れてこられたカミュにはこの年長の二人の存在がどれほど頼りになるものだったかはミロの想像も及ばぬほどだ。
のちにアイオロスがいなくなってからは、カミュの尊敬と思慕をサガが一身に受けることとなったのは想像にかたくない。
「そう思われればサガだって悪い気はしない。 いつの間にかお互いになくてはならぬ特別な存在になるというのも聖域では珍しいことじゃない、何しろここには男しかいないんだし、二人とも超美形ときてる………わかるだろ、この意味♪」
声をひそめるデスマスクの言わんとすることはミロにもよくわかる。
現に男の自分がカミュに思いを打ち明けようとしているのだ。 今まで考えもしなかったが、サガが同じことを考えていてもなんの不思議もないのだった。
「だ………だって、歳が違うっ!8歳も年上のサガより、同じ歳の俺の方がカミュにはふさわしいっ!」
「いくらお前がそう思っても、肝心なのはカミュの気持ちだぜ。 それに、カミュにその気がないとしても、長年指導を受けたサガの気持ちをいきなり拒絶することはカミュにはできないだろう。
突然の告白に返事をしかねてあいまいに言葉を濁しているうちに………」
デスマスクが言葉を切って目をそらす。
「………な、なんだっていうんだっ?!」
「サガの美貌と包容力は聖域一だと思うぜ。 大きい声では言えないが、男としての魅力も超一流だ。 甘い言葉をささやきながらやさしく抱き締めてそっと唇を重ねてやると、初めての経験にどうしていいかわからないでいるカミュなんかは、もうサガの思うがままだろうな………」
「……う、嘘だっ!! そ…そんなことがあるはずはないっ!!」
ミロの額に汗が滲む。 恐ろしい予感に目の前が真っ暗になる。
その3
「お前には不本意だろうが、年上の、それも世話になった先輩にカミュが本気で抵抗できるわけがない。小さいときから指示を受けたり指導されることに慣れきってるからますますだ。
刷り込まれてるといってもいいだろう。 縦社会の聖域で最高位に位置する黄金の中にもおのずから序列がある。
年若いカミュがサガの真摯な口説についふらふらっと頷いてもなんの不思議もあるまい。
男も28にもなれば遠慮はしない。 俺の見るところ、その日のうちにいくところまでいくぜ。」
「で、でもっ………」
「しかし、お前の場合は年も経験年数もカミュと変わらない。 気のおけない友達であり、まったく対等な関係だ。 拒絶するとなったら、遠慮なく本気で凍気が来るぜ! 要するに、サガがキスしてきたらカミュは身体を固くしてぎゅっと目をつぶるくらいだろうが、もし相手がお前だったら情け容赦なく張り倒しかねんということだ。」
ミロは絶句した。
言われてみればその通りで、もしカミュが嫌だと感じたらそのくらいのことはするだろう。
しかしサガなら、たとえ嫌でも身体をこわばらせるくらいがせいぜいで、結局は好きなようにされてしまうような気がしてくるのだ。
「お、俺は………俺としては……」
「でも、それじゃあ、あんまりだ。 要するにカミュがお前を好きならなにも問題はないし、まだ好きになってなければ、これから好きになってもらえばいいんだよ。」
そう言われても、カミュはこうしたことにはどうやら鈍いようで、ミロに恋愛感情を持っているようにはとても見えないのだ。
「サガが帰ってくるまでにカミュに……」
ミロは唇を噛んだ。 圧倒的に不利である。
サガは極寒のシベリアで一週間もカミュと二人きりで過ごすのだ。いわゆる吊り橋理論の実践のような気もしてくるではないか。
零下50度にもなるシベリアの白い世界のただなかで二人っきりで過ごしていれば、暖炉の前で寄り添って話し込んでいるうちにサガの手がカミュの肩に回ることもあるだろう。 それから先はサガのお望み次第だ。ミロの脳裏にあらぬ情景が浮んできて、慌てて打ち消そうとしても容易に消えてくれはしない。
それにひきかえ、聖域にいるミロは他人の目も気になるし、かといってカミュと二人きりになる機会を作るのも難しいのが現実だ。
「そこで、俺にいい考えがある。」
デスマスクがニヤリとした。
その4
「これを見ろ。」
「え?………これって……旅行券?」
デスマスクの手にあるのはどうやら旅行のチケットなのだ。
「アテネ中央商店街のサマーフェスティバルの福引で特等が当たったんだが、これをお前たちに使わせてやろう!」
「えっ?!」
手にとってよく見ると、それは極東の国ジパングの周遊ペアチケットで 『 エキゾチックな東洋の魅力が満載! 千年の古都とゲイシャ美人の夜
・ フジヤマ登山でご来迎 ・ オタク文化の発信地アキバ探訪 ・ オーサカの食い倒れ
・ トーキョータワー幽玄の夜景と屋形船、超有名観光地を巡る夢の六日間、美食と贅沢三昧の豪華旅行
』 と書いてある。
「でも、あそこの福引にこんな賞品はなかったと思うが。 確か、特等はエーゲ海一日クルーズ、一等がアテネ中央商店街の1000ユーロのお買い物券で…」
「固いこと言うなよ、そのあたりの追求はよせ。 ともかく、お前たちがこの旅行に行って、その間にカミュとの仲がうまく行きゃいいんだよ。」
「でも、こんなにすごい旅行に俺たちがただで行くのは申し訳ない。」
ミロとて、もののわからぬ人間ではない。 これは自分とカミュの仲を取り持ってやろうというデスマスクの粋な計らいに違いない。
「むろん、条件付きだ。 ただとは言わん。」
「え?」
「お前たちの仲がうまくいったらただで使わせてやるが、もしだめだったら、かかった費用全額と俺たちが同じ旅行に行くだけの費用をお前が出せ。」
「えっ! 俺たちって? デスだけじゃなく?」
「この話にはアフロディーテも協力してる。 今ごろはカミュに声をかけてるはずだ。
どうだ、悪い話じゃあるまい? それともお前、この旅行に行かずにこのまま聖域にいて、サガが帰ってくる前にカミュを落とす自信があるか?」
「そ、それは………」
たしかにデスマスクの言うとおりで、このままでは今までの繰り返しで、ほとんどカミュと二人きりになることもなく毎日が終るのは目に見えている。
しかし、六日間も神秘の国日本をカミュと旅していれば、異国情緒にひたっているうちに親密な気分が盛り上がり、きっとチャンスが訪れるに違いない。
「ここにいてサガにカミュをさらわれるのを待っている手はあるまい? この旅行に行って死に物狂いで努力してカミュの心を掴むほうがずっといいとは思わんか?」
「わかった、そうする!」
こうしてミロに人生の転機が訪れた。
その5
「やあ、カミュ! ちょっと時間あるかな?」
「アフロディーテ、なにか?」
「今度サガとシベリアに行くって聞いたけど。」
「その通りだ。 サガはシベリアに長時間滞在したことがなくて、まだ本格的なオーロラを見たことがないのだそうだ。私の秋のオーロラの定期観測に同行してもらえば、その間に見事なオーロラが見られることと思う。」
「それなんだけどね……」
アフロディーテが言葉を濁した。
「え?」
「立ち話もなんだから中でお茶でも飲まないか? ちょうどマフィンも焼けたところだ。」
「では、お邪魔する。」
秋バラの飾られた双魚宮の居間は美しい。 薫り高いアールグレイを飲みながらアフロディーテが声をひそめた。
「カミュ、君はサガのことをどう思ってる?」
「どうって……常に変わらぬ尊敬の対象だ。 人格・技量とも抜きん出た黄金聖闘士の鑑で、私も幼い時からどれほど世話になったかわからない。」
「そうじゃなくて………」
「え?」
「つまり………単刀直入に聞くけど、サガのことを好きかな?」
「むろん。」
なにを言うのかと首をかしげるカミュにあっさりと肯定されて、アフロディーテも唸ってしまう。
「それは先輩とか黄金の仲間として好きという意味だろう? それなら私だって黄金の全員を好きだが、ここで言っているのはそういう一般的な意味じゃない。」
「では、どういう?」
「男として好きか、という意味だ。 さらにはっきり言うと、恋人として愛せるか、ということを聞いている。」
「……えっ!」
カミュの目が大きく見開かれた。
その6
「そんなことはありえない! なぜ、そんなことを聞く?」
一瞬の迷いもなくきっぱりと否定するカミュを見て、アフロディーテはほっと胸を撫で下ろす。どうやらここまでは計画通りだが、これからが正念場だ。
「実はね……」
さらに声をひそめて身を乗り出した。
「サガは君のことが好きらしいんだ。」
「えっ…」
「できることなら恋人にしたいと思っている気配がある。」
「まさか………」
カミュが蒼ざめた。 想像もしていなかった話になんと考えていいかわからなくて心臓がドキドキするばかりなのだ。
「で、思いを打ち明けて君の気持ちを聞きたいと考えて、シベリア行きの計画を立てたらしいんだが。」
「だって………でも私は………あの…」
さすがにカミュがうろたえた。 美しいオーロラを見せてサガに喜んでもらうはずが、なんと二人っきりの告白旅行になろうとしているのだから無理もない、それも1週間の長丁場だ。
「困る?」
「もちろんだ! 私はサガのことはとても尊敬しているが、恋人なんて………!」
「そんな対象ではないと?」
真っ赤になったカミュが強く頷いた。 照れているのではなく、とんでもないことを言われて動揺したための紅潮なのは間違いがない。
「でも、サガはシベリアでたっぷりと時間を使って君に思いを打ち明けるかもしれない。そうしたらカミュ、君はどうする?」
「どうするって………」
「外は厳寒の氷原だ、逃げる場所はない。 聖域にテレポートすることは可能だが、それをやればあとあとまでサガとの関係に苦しむことになる。」
緊張の面持ちでカミュが頷いた。 告白されて逃げ帰ったりすれば、そのときはよくてもこの先ずっとサガを避けて過ごすことになる。 狭い十二宮でそんなことができるはずはないし、サガもどんなに苦しむことだろう。
「といって、その場にとどまれば、サガは君の色よい返事を聞こうとして、たぶん………」
「………たぶん…なに?」
アフロディーテが一つ咳払いをした。 さすがに頬がほてり鼓動が高まるのを覚えずにはいられない。
その7
「君の心を動かそうとして、やさしく抱き締めて…」
「えっ!」
「そのきれいな髪を撫でながら甘い言葉をささやいて…」
「え゛…」
「恥じらって顔をそむける君の花の唇にキスするだろうな………」
「そ………そんな……!」
すまないっ、サガ!!
あなたがそんなことをするはずがないのは、このアフロディーテ、百も承知だが、
カミュの幸せのためにもう少しだけ言わせてくれっ!!
「そんなことになったとき、サガを押しのけて鋭い言葉で拒絶できるかい? あなたに対して特別な感情は持っていない、そんなことを言われては迷惑だ、って言える?」
「そ………それは…」
「言えないよね………小さいときからあんなに親身になって世話をしてくれたサガの心を傷付けるなんて君にできる筈がない。 それにそんなことを言ったらせっかくのオーロラの観察は台無しだ。 といって途中で切り上げて聖域へ帰れば、なぜこんなに早く帰ってきたかと他の者に不審をいだかれる。」
「………」
「でも、その場で拒絶しなければ、サガは君の心を融かそうとしてもっと違う手段に訴える可能性もある。」
「………違う手段というと?」
「つまり………」
許せ、サガっっ!!
このアフロディーテ、膝を幾重にも折ってあなたに詫びよう!
血の涙を流し慟哭する私の心が見えるだろうか!
「断ろうとしてもそれが言えなくて迷っている君を見たサガは、君が突然のことに心を決めかねているのだと考えて、自分の情熱をわからせようと君を………」
「私………を?」
「………抱くと思う。」
「え?………でも、あの、すでに抱き締められている……のだろう?……私は。」
真っ赤になったカミュがそれでも律儀に問い返し、アフロディーテを絶句させた。
抱く、の意味が違う〜〜っっ!
私が言っているのは、人形を抱くとか猫を抱くとかいうような牧歌的な行為ではなくて!
もっと動物的な………いや、ここは人間的と言いなおそう………
「ええと、つまり、その………」
その8
「サガは君を……」
アフロディーテの頭の中にありとあらゆる言葉が駆け巡り、しかし、どれ一つとしてカミュに説明するにふさわしい言葉は見つからないのだ。
愛情交換とか営みとか交情とか契りというような抽象表現ではわかりそうにないし、かといって理系のカミュにあわせて、交尾とか生殖行為とか言っても、そもそも同性同士なのだから、それは論理的でないと否定されそうな気もする。
アフロディーテにしても、異性と同性ではその行為自体は大差なくても、異性の場合には生殖という生物本来の大目的があることは重々承知だ。
それのない同性同士の関係が快楽目的であることをどうやって伝えたものか?
むろん、愛するがゆえの行為だが、快楽を味わうというのも重大要素なのは明白だ。
しかし、このカミュを目の前にして、快楽とか快感とか性欲などとは口が裂けても言えんっ!
ましてや、肉体的接触での具体的行為とか、そんなあからさまなことを言えるわけがないだろうっっ!
だいいち、私の美意識に反する!
それに万が一、それらに関する一切のことを知らなかったら、この私が説明しなければならないではないかっ、
そんなことは御免こうむる!!!
アフロディーテは腹を決めた。 子供に説明するようにわかりやすく素直に話すことにしよう。
「つまり………世間一般の恋人達がするように、服を脱いでお互いの体温をじかに感じながらやさしく抱き締めて愛情を伝えようとするかもしれないね。」
カミュがびくっと身を震わせた。 やっと清水の舞台から飛び降りた思いのアフロディーテが見ると、白皙のはずの頬が紅潮し、きれいな目に涙が滲んで目元が赤い。そんな気のなかったアフロディーテからみてもこれはどうにも色っぽい。
う〜む………こんなカミュを見たらあの人格高潔なサガといえども思わず抱き締めて慰めたくなるんじゃないのか?
本命のミロにいたっては、頭に血が上ってなにをするか知れたものではない!
はやく本気でミロとくっついてもらわないと聖域に波乱が起こるのは必定だ!
「そ………そんな……そんなこと……」
「でも大丈夫だよ、君さえしっかりしていればサガはそんなことはしない。」
これからがフォローである。 サガのためにも、ミロとカミュのためにも。
その9
「君の心が揺れていると思ったらサガはそうするかもしれないが、もし君に好きな人がいるとわかったらサガはけっして無理なことはしない。 君の意思を尊重し、むしろ喜んでくれるだろう。ジェミニのサガはそういう人間だから、もっとも神に近い男と称されているんだよ。」
「……え? でも、あの、私に好きな人なんて……」
「いないはずはない。あまりに身近すぎて気付いてないだけじゃないのかな。」
「え? そう言われても……」
カミュ自身はそれと認識していないようだが、愛と美の女神アフロディーテと同じ名を持つ双魚宮の聖闘士の目に狂いはない。
「そのうちにわかると思うよ。 じっくり自分の心と向き合ってみるといい。 そのためには少し聖域を離れてみるのもいいかもしれないね。」
「聖域を離れる? でもどこに?」
なおも首をかしげているカミュの紅茶はすっかり冷めている。
「今度はダージリンがいいかな。 バラのエッセンスも落としてみるかい?」
ジノリのカップを選んだアフロディーテがカミュの前に封筒を置いた。
「これは?」
「アテネ中央商店街のサマーフェスティバルの福引で特等が当たってね。 見ての通りの日本への旅行券だ。」
「ほぅ、特等が! それはすごいですね!」
滅多なことでは商店街に行かないカミュは福引の景品が事実とは違うことなど考えもしないようで、素直に賞賛してくれる。
熱いダージリンも先ほどまでの動揺を鎮めるのに効果があったのに違いない。
「ところが私は秋バラの剪定に忙しい時期でとても行かれなくてね。」
「ああ、それは残念ですね、なるほど、出発日が限定されている。 明日ですね。」
「で、君に行ってほしいんだが。」
「えっ、私に? でも、他の人を差し置いて……」
「それが、みんなに声をかけてみたのだけれど、知っての通りサガは任務中で不可能だ。」
さっきの話を思い出してカミュの頬が染まるが、アフロディーテはかまわず続ける。
「老師は腰痛。 シュラは教皇庁の当直が入ってる。 シャカは結跏趺坐して瞑想に耽っていてコンタクトできなかった。
ムウは聖衣の修復にかかっている最中だ。 デスマスクにはバラの剪定を手伝ってもらわなければとても手が足りない。
アイオロスはサガ不在の間の教皇代理、アイオリアはその補佐。 アルデバランは………ええと、実は飛行機恐怖症なのだそうだ。」
ついうっかりしてアルデバランの理由付けを忘れていたことに気付いたアフロディーテは冷や汗をかく。 ここで不自然さに気付かれたら困るのだ。
「では、ミロは?」
すぐに問い返されてアフロディーテの頬が緩む。 これは心の中でミロの名が出るかどうか気にしていたせいではないだろうか。
「それで、ミロには予定がなかったので、このペアチケットは君とミロに使ってほしいんだよ。」
「……え?ミロと一緒に?」
カミュは気付いていないのだろうが、アフロディーテの見たところ、明らかに声が喜色を帯びている。
たしかに脈はあるのだ。
「日常を離れた土地で気分を変えれば、自分の心も見極められる。 その間に自分が誰が好きなのかわかることを祈るよ。
ほら、マフィンをもう一つどう?」
できるものなら媚薬入りのマフィンを食べさせてミロと一部屋に放り込みたいのだがそれも不穏当にすぎるだろう。 できるだけ自然に二人が心を通わせるのがいちばんいいのだ。
「実はシオン様もお暇そうなのだけど、あのお方と六日間も旅行するよりはミロと一緒の方がいいかと思ってね。 きっと楽しい旅になる。 どうかな?」
「ええ、それはたしかに!」
「だろ♪」
シオンと話題がつりあうのは童虎だけだろう。 消去法は実に論理的な手法である。
こうしてミロとカミュの日本旅行が現実のものとなった。
その10
ギリシャから日本まではミラノで飛行機を乗り継いで空路約15時間の旅である。
テレポートすれば一瞬なのだが、それをやったら密入国になるうえに旅行券に含まれている往復の航空機の利用ができなくなるのも旅らしくない、というデスとアフロの判断で二人は初めてこんな長距離を飛行機で旅することとなった。
「いいか、ミロ!
日本にいる六日間のうちにカミュを落とせよ。
でないと、帰還してきたサガがシベリアでカミュを………わかってるな!」
「だが、慌てるなよ、急ぐとろくなことはない。
ゆっくりと時間をかけてカミュの心をつかめ! 日本人はみんな背が低いし髪も全員が黒いというからな。 お前の長身と金髪が日本では光り輝く美質に見えるのは間違いない。
カミュはファッションには興味がないだろうが、洋服は最高のセンスのものをアテネで取り揃えて持っていくようにしろ。 どこのブランドとはわからなくても、きっとカミュの目にとまるからな♪」
デスマスクの細かい指示はミロの持ち物の全てに及び、ちょっとイタリア風のデスマスクの好みを反映した流行の最先端をゆく旅行客が一人出来上がった。
「無理に好きな対象を見つけろと言っているんじゃないからね、カミュ。
君の心の中には自分でもまだ気付いていない感情が隠れているんだよ、私はそう思う。早く気付くことを祈ってる。」
「行き先は黄金の国ジパングだ。
君たちが初めての旅行先にするにはふさわしい。ミロなら子どものころから一緒に過ごしてきたのだから人となりはよくわかっているだろう。心をくつろがせて楽しい旅ができるのは間違いないと思うよ。」
「困ったことがあればミロに相談するといい。
君は本の知識が豊富だがミロは実際の世間のことには詳しいからね、二人の知恵を合わせればなんでも解決できることだろう。サガにきっぱりと話ができるように、日本での素晴らしい実りを期待している。」
それぞれに因果を含められた二人を乗せた飛行機が飛び立つのを見送ったデスマスクとアフロディーテはほっと溜め息をつく。
「ほんとに手がかかる奴らだな。」
「まだまだ子供だね、形ばかりは大きくなったけど心の方はまだ未発達だ。」
「とはいってももう二十歳だぜ、いい加減で決めてもらわないと見てるこっちがイライラしてくるからな。」
「うまくいくといいんだが。」
「いくさ!
行かなきゃ困る!
ミロの奴に、シベリアでいかにもサガがカミュをものにするだろうって吹き込んじまったからな。もしうまくいかないで戻ってきたら、いざサガが聖域に戻ってきたときにはえらいことになるぜ!」
「私だって、カミュにいろいろとあらぬ未来予想図を押し付けた手前、絶対に二人がうまく行ってくれないと困る!でないと、カミュはシベリアで緊張のあまり神経性胃炎とか胃潰瘍になりかねないからね。それでサガが看病とか介抱とか始めたらもう終わりだといっていいだろう。」
「そいつはまずい!
息も絶え絶えのカミュを目の当たりにして驚いたサガがまず抱き締めるだろ、それでカミュが真っ赤な顔をして『
い、いけない………サガ……』 なんて言おうものなら、サガの理性もぷつっと切れるような気がする。危ない構図が展開してきたぜ!」
「だから、うまくいってもらわないととんだ薮蛇だ。」
「ふうむ………ミロのがんばりに期待するか。」
「聖域の安定のためにもぜひそれを願いたいものだね。
では戻ってお茶にしよう。二人の健闘を祈るべきだろう。」
デスマスクの頭の中にミロのベッドでの健闘が思い浮かんだが口にするのは思いとどまった。アフロディーテに睨まれるのが目に見えているからだ。
「ああ、いい結果を期待しよう。」
うまくいったらさんざん恩に着せて根掘り葉掘り聞き出してやろうとデスマスクは考える。
手間暇かけたんだから、そうでもしなきゃ面白くないだろ♪
どこまでいったか、あらいざらいしゃべってもらうぜ、覚悟しとけよ、ミロ♪
先の楽しみにワクワクするデスマスクである。
⇒ 日本篇へ続く
はぁ〜、やっとギリシャを離れました、次のシーンは成田かしら。
最初の訪問地も決めていません、アキバではないとは思います。
最後にデスマスクによるミロの事情聴取がくっついてくるかどうかは未定です(笑)。