自 動 車 学 校

「じゃあ行ってくるから。」
「行ってらっしゃいませ。」
玄関先で美穂が頭をさげてお辞儀をした。

今日は記念すべき自動車学校入校の初日である。 免許取得にはあまり乗り気ではなかったカミュを説き伏せて近場の自動車学校に入校したのは雪がすっかり消えた晩春のころだ。
といってもすんなりと事が運んだわけではなかった。万事に慎重なカミュは世間の交通事故のニュースを見るたびに免許不要論を唱え、そのたびにミロは反論してきたのだ。
「バスの運転手とか宅配便の配達が職業であるというのならたしかに運転免許は必須だろう。お前がバスの運転手になるというのなら私も反対はしない。しかし我々は聖闘士だ。 免許取得せねばならない理由はない。あえて自ら交通事故に遭遇する確率を高めることはないと思う。」
カミュの言うのはもっともだ。そんなことはミロにも十分わかっている。それでもこれまでさんざん議論して、自分で車を走らせたいとか、いちいちタクシーを呼ぶのは面倒だ、 というようなしいていえば情緒的な理由を片端から論破されてきたミロだが今日は違った。
「お前の言うのはもっともだ。それには全面的に同意する。しかし、聖闘士として聖域で生きていく分には免許なんか要らないだろうが一般人としてはどうだろう?」
「というと?」
「世の中いつなにが起こるかわからない。東日本大震災をみればわかるだろう?そのときにたまたま居合わせた場所で最善の行動を取れなければだめなんだよ。」
「しかし私たちは聖闘士だから、」
「たとえばだな、海岸近くにいたときに津波が押し寄せてくるのを目撃したとする。すぐ近くに遠足にきた子供を乗せたバスがとまっていて、あいにくなことに運転手が体調が悪 くて運転できず引率の教師も免許をもっていない。窓の外を見て津波が押し寄せてくるのを見た子供が泣き叫ぶ。誰かが運転さえできればすぐそばにある高台に通じる道路を可能 な限りのスピードでかけ上がって全員が助かるだろう。さあ、こういう状況で俺たちの聖闘士としての能力が役に立つか?言っておくがお前が凍気で波を凍らせるっていうのは無 しだぜ。あとからあとから押し寄せる巨大津波をくい止めるのは無理だろう。」
「それは……」
カミュが絶句した。何十人もの子供を二人ずつ抱えて高台にテレポートしても全員を救うことは無理だろう。しかし運転さえできれば一気に道をかけあがり津波から逃れることは 可能だ。
「もちろん俺が取ろうと思っているのは普通免許だが、ブレーキやアクセルやギアの基本がわかっていれば非常時に大型車を動かすときにも応用が効くはずだ。でも免許がなけれ ばほんの数人しか助けられない。そんな事態は俺は避けたい。」
「わかった。」
もちろん想定される事態はこれだけではない。緊急時の物資の輸送にも免許はどれだけ役立つかわからない。大災害時には聖闘士としての能力以外のものを要求されることがある のは容易に想像された。

   避難所で俺たちしか大人の男がいなかったときに、
   「どなたか運転できる方はいませんか?」 って言われて「免許ないからできません」なんて言えるかっ!?
   いくら黄金でも凍気もスカニーも役に立たないこともあるんだよ

最初はカミュを納得させるために捻り出した理論だったが考えれば考えるほど運転免許は必要なものに思えてきた。
そうと決まれば話は早い。さっそく美穂に相談し近場の自動車学校を教えてもらう。
「私もあそこで取りましたんですの。あの自動車学校のスクールバスならここの前の道を通っていますからその時間に待っていて手を上げて合図すれば停まってくれますわ。」
「そういえばそんなバスを見かけたことがあるな。」
こうして免許取得の道筋ができた。


                                            





         
いよいよ免許取得です。
         長い間あたためていたこの題材、何ページになるかしら?