「ワクワクするな。そもそも学校なんて初めてだ。サガやアイオロスに教えてもらったのはいわゆる私塾だから学校とは言えないし。」
「入校式ののちにオリエンテーションと適性検査がある。その後はカリキュラムにしたがって教室内で交通法規や安全運転の諸注意などを学び、それと平行して構内で実際の車に 乗るらしい。」
「楽しみだな、腕が鳴る。」
入手したパンフレットを熟読したカミュも新しいことに挑戦するのが嬉しくないはずはなく、授業のスケジュールの確認に余念がない。日本語にまったく不自由しない二人なので 地元の自動車学校で免許が取れるが、英語しかできない場合は全ての授業を英語でやってくれる自動車学校にいかないとならないのだからたいへんである。
「え〜〜っ、俺なんか英語ができないのにどうするんだ?たまたま日本語に不自由しないから大丈夫だけど。」
「その場合は一度本国に帰って免許を取り、一定の条件下で日本での免許に切り替えることができるそうだ。」
「ふうん、いろいろあるんだな。ところで知ってるか?ゴールド免許証っていうのがあるんだそうだ。」
「ゴールド?いや、知らぬ。」
「こないだ辰巳さんが、自分はゴールドだ、って言ってたぜ。で、美穂はまだゴールドじゃないんだそうだ。」
「え?まだ、ということはそのうちに美穂もゴールドに昇格するということだろうか?」
「日本じゃ免許証にグレードがあるのかな?だとしたら俺たちも絶対にゴールドを取らないと恥だぜ!辰巳さんに後れを取るわけにはいかないだろう。黄金の名がすたる。」
「むろんだ。」
それからゴールド免許証を検索してその実態を知ったのはもちろんだ。

数年前に免許を取ったばかりの美穂は二人の免許取得に大賛成でいろいろな助言をしてくれる。
「お二人くらいに日本語が堪能でいらしたらなんの心配も要りませんわ。筆記テストは正しい答えを選択する方式だと思います。」
「読むのは完璧だから大丈夫だと思う。書くほうはかなり平仮名が混じるけど。ちなみにカミュは漢字もそうとういける。」
「いや、私などまだまだ。」
謙遜しているがカミュはつい最近漢検三級を取っていて日本語の能力はそうとうなものだ。

事前の手続きを終えてから、いよいよ入校式当日にスクールバスに乗り込んだとき、予期せぬことが起こった。
「来たぜ、あれだ。」
宿の向かい側に10分前から立ってバスを待っていたミロが手を上げた。そういえば見た覚えのある色のマイクロバスが目の前で停まりドアがすっと開いた。ちょっと緊張しなが ら二人が乗り込んだそのときだ。
「きゃーっ!」
「うっそー?!信じらんない!」
複数の悲鳴に似た声が上がり車内にときならぬ緊張が走った。はっとしたミロが素早く視線を走らせると十人ほど乗っていた乗客はみんな若い女性で一様に頬を紅潮させて目が輝 いている。

   うわ…マジで!?………マジだよな、やっぱり…

   気にするな、私も気にしない

   うん、まあ、こんなこともあるだろうな あきらめよう、よくあることだし

幸い一ヶ所だけ空いていた二人掛けのシートに座ってほっとする。 考えてみれば高校を卒業した人間が一斉に免許を取る時期と重なっていたのだから当然といえよう。広すぎる北海道では車で移動することが極めて多く、免許の取得は必然性が高 い。免許は18歳の誕生日から取得が可能だが、高校在学中は免許取得を禁じている学校が多いのでいきおいこの時期に集中するのだ。
案の定自動車学校に着いてみると若い生徒で溢れかえっていてさすがに二人を驚かせた。素知らぬ顔をして玄関を入ると声にならないどよめきが、いや、きゃあだのうっそ〜だの やたらに嬌声があがり思わず手で払いのけたくなったほどだ。 思わずきびすを返しかけたミロだが、そこはグッと踏みとどまる。

   いくらなんでもこんなことにびびってたら黄金はつとまらん!
   しかしもう少し遠慮してくれてもいいんじゃないのか? 謙譲の美徳はどこにいった?

内心の照れときまりわるさを押し隠しカミュと共に受付カウンターに寄って書類を提出すると心なしか頬を染めた女性事務員が手際よく処理してそれぞれにカードを発行してくれ た。教習の予約、変更、各種試験の受付などすべての手続きはこのカードで行い、登録番号とパスワードを入力すれば自宅のパソコンやスマホでも入力OKだという。
「ふ〜ん、便利なものだな。するとこの時間割りを見て必要な授業をどんどん取っていけばいいわけだ。」
「可能な限り最速で卒業する。はやく普通の生活に戻りたい。」
「そうはいっても一日に2コマが限度だそうだからそれまではじっと我慢の子だな。」
外人・長身・美形・碧眼、おまけにミロは豪奢な金髪ときては目立つなというほうが無理だろう。 ただ立っているだけなのに相変わらず熱い視線が注がれているのに閉口したカミュが 珍しく愚痴をこぼす。気にしないつもりでもこの状態が数ヶ月続くというのはかなりのストレスだ。
思えば離れに滞在している外人客というだけで尊重されてそれこそ保護されていたのだなと思いしる。しかしここでは客でもなければましてや聖闘士という属性もない。ロビーや 講習室にたくさんいる高校を卒業したばかりの若者たちとまったく同じ立場なのだった。
「気にもしなかったが、ディカプリオとかブラピとかどこに行ってもこれ以上だぜ、たぶんボディーガードがつくレベルだ。有名税ってやつだな。」
「アテネならとりたてて目立たないのだが。」
普通の外出ならギリシャ語で会話して、「きっと日本語がわからないんだわ。話しかけても無駄ね。」と思わせる方向にもっていくのだが、なにしろ場所は自動車学校だ。事務ス タッフとは日本語だし、教室内での講師の話を理解しているのは当然で、いずれ始まる教習車を使った実際の運転教習では教官とやり取りすることになるのだからギリシャ語はあ まり出番がないだろう。
「この環境でギリシャ語なんか使ったら感じ悪いと思われるのは確実だな。内々の話はテレパシーにしてあとは日本語で通そう。」
「わかった。」
こうしてミロとカミュの免許取得に向けての日々が始まった。


                                            





         こんな自動車学校に通いたい!