普通に授業を受けているときにはとりたてて話しかけられることはない。ほかの受講生から注目されているのは感じるがさすがに話しかけるのは気が引けるのだろう。しかし昼食 が鬼門であることがすぐに判明した。
一日のカリキュラムの中で午前と午後にまたがって履修科目があることがしばしばあり、そんなときは一時間半の昼休みの間に宿に帰って昼食をとるのもせわしないので自然と自動車学校内にある食堂で食べることになる。すると必然的にほかの教習生と相席になるのだ。
最初に話しかけられたのは三回目の授業が終わったあとの昼食どきだった。窓際の席を見つけて向かい合わせに座りサンドイッチをつまんでいると
「お隣いいですか?」
と若い女性の二人組が声をかけてきた。 食堂はいつも混雑するので不思議でもなんでもない。
「ええ、どうぞ。」
当たり前に答えて 気にもしないでいたが、すぐに
「日本語お上手なんですね。」
と話しかけられた。

   あ~、まただ!
   いや、べつに驚かないが
   なにしろ日本人の二人に一人はこの台詞で話しかけてくるから慣れっこだし

こういうときにどちらが答えるかは決まっている。そもそもカミュの神々しいほど玲瓏な美しさが話しかけようとする人間の気をくじくらしく、常にミロが声をかけられるのだ。
素早くサンドイッチを飲み込んだミロが外交的笑顔で
「それほどでもありませんが。」
と言うと、それがまた上手だとほめられた。それから
「お国はどちらですか?」
「日本で免許お取りになんてすごいですね。」
など矢継ぎ早に訊かれたミロはいささか辟易してきた。

   これって答える義務ある?
   でも個人情報保護法をたてにして、それはお答えできません、って言ったら角が立たないか?
   あ~、ギリシャ語でごまかせないっていうのは不便極まりないな

そう思いながらあたりさわりのない答えを探して会話をつないでいるとミロの携帯が鳴った。
「すみません、電話がきたので。」
サンドイッチを食べ終わったミロが席を立ち、続いてカミュも空の皿を返却口に置いてミロのあとを追った。
「おかげで助かった。質問攻めで参ったよ。」
「毎回あれでは困る。」
「下手すると順番待ちになりかねないな。ヘッドフォンで音楽を聴きながら食べるのはどうだろう?」
「一人ならそれもあるだろうが、二人そろってというのはわざとらしいのではないか?」
「そりゃそうだ。」
相談した結果、午後の授業があるときには昼食を摂らずに学習室で予想問題集をひらいて勉強することになった。力仕事をしているわけではないので昼食を食べなくても支障はないし、どのみち勉強は必要だ。筆記試験は満点を取ると決めているので念には念を入れたほうがよいだろう。
この決定は明日こそは自分が話しかけてみようと心に決めていた女性たちを一様にがっかりさせたようがこれはしかたがない。
「だってなぜ日本に来たのかとか、仕事はなにをなさってるんですかとか、その他もろもろ ありとあらゆることを根掘り葉掘りきかれるのって困るだろ。」
それはいささか極端だが、たまに地元で見かけることのあるあの素敵な外人さんの二人組と自動車学校で一緒になった高校を卒業したばかりの女の子たちが一斉に色めき立ったのは間違いない。 二人の入校はツイッターであっという間に拡散し、リツイートは一週間で23000超えという快挙を成し遂げた。ミロにとっては見たくない数字である。 今まではちょっと話しかけられることはあっても適当にはぐらかしてその場を離れればよかったのだが、自動車学校の食事どきにはその手を使えるわけがない。
「あ~、やっぱり!」
「どうした?」
「またツイッターで俺たちのことが話題になってる。」
「えっ!」
二人の姿こそごく遠景に写っているだけだが、『 〇〇〇の受講が一緒だった!』 とか 『 食事のとき隣のテーブルだった!』 とかのミロにとってはどうでもいいようなささやかな接点が並べられており、それに 『 いいね!』 が山のようについていた。
「どうすればよかろう?」
「どうするもこうするも全力をあげて卒業するしかないな。」
とはいっても法律で定められている手順をふまないと卒業できるわけもなく、じっと我慢の子でいるしかないのだが。
こうして勉学に励んだ二人は最初の筆記試験を軽々と満点でクリアすることになった。


                                            





         素敵な外人さんと同席した二人の女の子は英雄になりましたとさ。