届けられた熱燗の銚子を持って、とりあえずカミュに持たせた杯についでやる。
相変わらずうつむき加減のカミュの耳朶までが赤く染まっていて、人目に立つような気がしてならないのだ。
それはカミュ自身もよく認識しているようで、さりげなく片手を頬に当てながら杯を口に運んだときだ。 熱々の湯豆腐を盆に載せてきた美穂がカミュを見て、
「まあ、暖房が効きすぎていますでしょうか?申し訳ございません。」
と言ったではないか。
あっという間もなかった。 ぐっと一気に飲み干したカミュが、
「いや、そのようなことはないから。」
とカミュにしては早口で言い、俺に空の杯を差し出した。

   ……え? また?

美穂の手前、もうよせ、とも言えず恐る恐る八分目ばかりついでやると、これまたぐっと飲み干してしまったのだ。

それはカミュの気持ちもわからなくはない。
ただでさえ日中に夜のことなど思い出すのを避けているカミュが、あろうことか、ことの最中に電話を受けて中断し、その記憶も新しいうちに当事者の美穂から顔の赤さを指摘されたのだ。
きっと頭の中にとんでもない画像が展開し、いても立ってもいられなくなって 「 酒に救いを求めた 」 のに違いない。
普通、酒に救いを求めるといえば、酔って何もかも忘れようとする行為のことだと思うが、カミュの場合はそうではない。 恥ずかしさのあまりの顔の赤さをごまかすための手段に過ぎないのだが、困ったことに 「 酔い 」 という面倒な副産物が付いてくる。
案の定、立て続けに二杯も飲んだツケはすぐにやってきた。
顔が赤くなったのはいいのだが、さっそく手足に力が入らなくなったらしく、いかにもだるそうにして重い息をついている。 食事もやっと食べ終えて椅子にもたれかかり、突っ伏したいのをかろうじてこらえているようなのだ。
「おい、大丈夫か……?」
「あまり……大丈夫ではない……」

   冗談じゃないぜっ!
   歩くどころか立てもしないカミュを、どうやって離れに連れて帰るんだ??

宝瓶宮の居間から寝室に抱いて行くのとはわけが違う。 美穂たち従業員だけでなく、ほかの泊り客も食事を始めたばかりで人目がありすぎるのだ。
「今は連れて帰れないぜ、我慢できるか?」
小声でささやくと、小さく頷いてそっと溜め息をついた。
取り合えず熱い茶を頼んで、ひたすら時の経つのを待つことにする。
いつもと違い、食事が終わっても席を立たない俺たちに気付いた美穂はしばらく様子を見ていたようなのだが、見るに見かねたらしくそっと寄ってきて、
「あの………お加減がお悪いようでしたら、ホールに車椅子もございますのでご用意いたしましょうか?」
とささやいた。
「いや………せっかくだが、それは遠慮する。 もう少ししたら自力で帰るから、あとしばらくここで休ませてもらう。」
車椅子なんかに乗せたら、おそらくカミュは再起不能だろう。 黄金聖闘士の誇りも自負心も地に落ちて、明日にでもこの宿を退去しかねない。
幸い、このやり取りは聞こえなかったらしく、背筋を伸ばして目を閉じたカミュはじっとして呼吸を整える努力をしているようだ。
やがて三十分ほど経つと、最後の泊り客が席を立ち、暖簾をくぐって出て行った。
「おい、行くぜ。」
はたしてその声が聞こえたのかどうか。 俺はカミュの腕をつかまえて立たせると、心配そうにこちらを見ていた美穂にちょっと頷いてからそのまま離れにテレポートを敢行したのだった。
どうせ美穂は俺たちが聖闘士であることは承知しているし、今さら気にすることもない。
だいいち、あの状況で、ほかにどうやってカミュを離れに連れて帰れるというのだ? いい方法があったら教えて欲しいものだ。

直接奥の十畳間に入った俺はカミュをそっと横たえると手早くフトンを敷いた。
寝かせなおして帯を緩めてやると、自分が離れに戻ったことは理解できたのだろう、火のような息をしていかにもつらそうに目を閉じている。
「まったく…! 無茶をするなよ、俺が焦るだろうが!」
人目を気にしながら食事処に長居をしてしまい、こっちの気疲れも相当なものなのだ。
たかだか一本の銚子では、俺が飲んだ分はわずかなものだったし、カミュのことが気がかりだったのでまったく酔いは回らなかった。
そうなるとカミュの横に伏せてみても、考えることは決まっているというものだ。

   とんだ手間をかけさせられたものだ………
   美穂の前で思いっきりテレポートの披露までする破目になったのはお前のせいなんだぜ………

帯が緩められて軽くくつろげられた襟元から覗く素肌は薄紅に染まり、いかにも見る者の食指を誘う。

   ほかの人間が見たら大問題だが、見ているのは他ならぬ俺なのだからな
   据え膳食わぬはなんとやら……って言うじゃないか♪

襟元にすっと右手を差し入れてそのあたりをやさしくさすってやると、いくら酔いが回っていてもそういうことはわかるのだろう、眉を寄せていやいやをするように首を振る。
「ミロ………だめだから………………こんなに明るくて………それに私は……」
「いいんだよ………今日は俺を愉しませて……………面倒をみた詫びをしてもらおうか♪」
指の腹と唇で丁寧に胸に触れていくと、酔いとは違う意味の溜め息が洩らされて、それはすぐに甘い吐息へと変わってゆく。
「待っている間、つらかった? 俺に抱かれたくて、自分の身体を持て余してた??」
「そんな………そんなことは……ミロ……」
ほんとうのところは一人で静かに眠りたいのだろうが、昨夜のリベンジということもある。 久しぶりの昼間の逢瀬もいいものだ。
力の入らない両腕で俺の手を押しのけようとするカミュの抵抗などなんの役にも立ちはしない。
「だめだよ………俺の好きにさせて………………そして、お前のされたいようにしてやるよ……」
酔いが抜けるまでにはまだまだ時間がかかるのだ、カミュの 「酔い 」 を 「 佳い 」 にかえるべく俺は丹念な愛を注いでいった。

                                      




              
ミロ様、よっぽど昨夜の中断が悔しかったようですが、
              なんとかリベンジに持ち込めました、めでたし、めでたし♪
              昼食時間に間に合ったのか、今度はそれが心配です。