「  かき氷 2 」


「ああ、ここだ! ここのかき氷が美味いんだそうだ♪」
「……え? しかし、ここは甘酒の店ではないのか?」
「そうだけどさ、ほら、氷って字のついた看板が目印に出てる。間違いない、入ろうぜ!」

ここは東京・神田明神である。
江戸の風情を今に残し五月の神田祭などにはたいそう賑わうこの界隈も、夏の盛りの今は通り過ぎる人影も数えるほどだ。
大きな鳥居のすぐ左にあるその店はいかにも昔ながらのたたずまいを残した茶店といった趣きで、おおいにミロの気に入った。 店先の石灯籠や庭石、木賊(とくさ)や姿のいい松などはまるで江戸の町からそのまま抜け出したようではないか。
「入り口にある松っていうのは、人を 『 待つ 』 にかけてあるんだそうだ。 宝瓶宮にも植えてくれる?」
カミュの脳裏に、見越しの松が植わっている自宮の様子が浮かんだ。

   ………不自然だ、有り得ない!

「しかし、十二宮の気候も土壌も松の生育には適さない。」
「そんなに真面目に考えなくていいんだよ。 心の中に植えてくれれば俺は満足だから♪」
赤面しているカミュを椅子に掛けるように促したミロが壁の品書きに目を走らせる。
「ええと、氷甘酒、二つね♪」
時代がかった掛け時計や切子のガラスといった骨董品の飾ってあるいかにもレトロな店の中は、大きく窓が開け放たれて壁付けの扇風機が8月の暑い空気をゆっくりとかき混ぜている。 それでもシャリシャリと氷をかく音が涼しさを呼び、ささやかな中庭の緑の色も目に美しい。
「この店は創業160年、ここの地下で糀 (こうじ) を作っていて、その甘酒が江戸の昔から人気なんだそうだ。 今どきエアコンのない店なんて珍しいが、その真髄はかき氷を食べたときに発揮される。」
「凍気の真髄でなくて熱気の真髄ということか?」
「そういうこと♪」
笑い合っているとお目当ての氷甘酒が運ばれてきた。
わりと小さめのガラスの器の底に甘酒があり、その上にシャリシャリと削った氷がほどよくこんもりと盛られている。
「ほら、もう溶け始めてる。 急ごうぜ!」
氷の冷たさに舌を喜ばせながら食べ進んでいくと下のほうから現れた甘酒の糀の粒がとろりと甘く、なんともいえぬ美味しさなのだ。
「ほう!、これはよい♪」
「だろ? 絶品だと思うな!ここの甘酒は米と糀だけで作っていて、砂糖なんか入ってないんだぜ。 この自然の甘さをお前にも味わわせたかったんだよ♪」
なるほど、夏の暑さの中で食べるかき氷が一層の涼味を呼び、氷には一家言のあるカミュをも唸らせる。
「たしかに氷を食べるにはよい環境だ。 それにしても、どうやってこの店を知ったのだ?」
「なんのことはない、氷河に聞いた。」
「え? 氷河に?」
「だって、氷河がお前に直接ここを教えたとして、お前、この店に来る?」
「………来ないと思う。」
「氷の聖闘士だからといって、かき氷の味の追求はお前の興味の範囲外だ。 そう考えた氷河は俺に教えることにしたんだろうな、そうすれば俺がお前を引っ張ってくる。 賢い弟子じゃないか。 将を射んとすればまず馬を射よってわけだ。」
「その例えは、ちょっと違うのではないのか?」
「いいんだよ、そんなことは♪ ともかくお前がかき氷を賞味して喜んでくれればいいってことだ。 うん、実に気が利くいい弟子を持ってるな、お前は♪」
「そんなことより、ミロ……」
「…え?」
かき氷を食べ終わったカミュが銀色のスプーンをコトリと置いた。
「…私は……なんだか…」
はっとしてカミュを見ると、顔が妙に赤い。 いくら暑い日といっても、さっきまでは涼しい顔をしていたはずなのだ。

   まさか………また酔ったのか??
   たかが、かき氷の甘酒だぜ? 子供でも平気な筈だろう………?

そう思うそばからカミュの上体が一瞬揺らぎ、ミロをドキッとさせた。
「戻るか?」
「ああ……そうする………すまぬ…また迷惑をかける………神田明神も湯島聖堂も次の機会にしてくれるか……?」
「気にすることはない。 お前の介抱は俺の独占事業だからな、そのかわりそれから生じる利潤も一手に引き受けるが♪」
「利潤………とは?」
「なんでもない♪」
先に立ち上がったミロが頬を赤らめたカミュをともない店を出た。
強い日差しと降るような蝉時雨が二人を迎え、夏の盛りを如実に示す。
「大丈夫?歩けるか…?」
「うむ………風に吹かれて少し酔いが醒めた。」
「それは残念♪ 今度は冷やし甘酒でもどう?これも氷河のおすすめだぜ。」
「けっこうだ、その手には乗らぬ。」
「冷たいんだな。でも今夜は冷たいデザートも悪くない♪」
「え…」
思わぬことを言いかけられてほてった頬に思わず手を当てたカミュを可愛いと思わずにはいられないミロなのだ。
「ねっ、まだ酔ってるだろ♪」
「そ、そんなことは私は知らぬ!」
足早に神田の町を抜けてゆくカミュの頬を夏の風がなぶる。

   知らないのはお前だけなんだよ……

くすりと笑ったミロの影が寄り添うように追いかけていった。




              
エアコンの効いたビルの中で食べるより、
              扇風機の風に当たりながら暑いところで食べるのが理想的!
              とはいうものの、うちのカミュはたいそうお酒には弱いのでした。
              介抱から生じる利潤って?
              さぁ……? あとはお任せです。