「明治維新を迎えた日本だが、欧米列強からは後進国とみなされており、その理由の一つが刑務所の前近代的なことにあると知った明治政府は監獄の近代化に着手した。 そのときに造られたのが有名な五大監獄で、鹿児島、長崎、奈良、金沢、千葉の五箇所だ。」
「有名って、俺は知らないが。」
「そうか?」
「監獄って言えば、やっぱりスニオンがいちばん印象的だ。」
「いや、それは…」
金沢監獄が取り壊されるときに明治村に移築されてきた正門はレンガ造りの美しいもので、帯状に入っている花崗岩の装飾が全体を引き締めている。 美しいといっても何しろ監獄なので、門の両側には監視塔があり、やはり普通の建築とは趣きを異にしているのは言うまでもない。
「五大監獄の設計を中心になって手がけたのは山下啓次郎で、ジャズピアニストの山下洋輔の祖父に当たる。」
「どっちも知らないが。」
ミロとくぐる監獄の門はさしていかめしさを感じさせない。 赤レンガの色がなんとなく華やかなせいかもしれなかった。
「で、あとの四つの監獄はどうなったんだ?やっぱり取り壊されたのか?明治の建物じゃ古すぎて実用的ではないからな。」
「奈良は、奈良少年刑務所として現役だ。 ここの正門はもっともメルヘンチックで評判が高い。」
「メルヘン?監獄がそれでいいのか?」
「いいかどうかは知らないが、ともかくそういう印象だ。 千葉も現役で、正門、本館とも使用している。 五大監獄のうち唯一石造りの鹿児島は正門だけが保存されており、中世ヨーロッパの城を思わせる。 長崎は平成四年まで実際に使われていたが今はもう取り壊されており、金沢は正門のみがここに移築されている。」
「明治に建てたのに現役? 俺たちの十二宮とはわけが違うだろう? 大理石は耐用年数が長そうだが、レンガじゃ、そうもいくまい?」
「手入れの問題だろう。 それに人が住んで暮らしていれば、建物の寿命も長い。 現役の奈良や千葉の正門はいかにも美しいが、使用をやめて無人となった長崎は廃墟となったというからな。」
「俺たちももう少し頻繁に戻ったほうがいいかもな。 」
心配になったらしいミロと次に向かったのは前橋監獄雑居房だ。
「……え? これが?」
ミロが唖然とする。 それは私も同じだが。
「これじゃ、まずいだろう?! ほんとにこんなところに人を入れていたのか?」
全体はしっかりした造りの木造平屋建てだが、通路の両側に連なっている囚人を入れる部屋は堅牢な鳥籠というのが当たっている。 それにしても、堅牢という言葉がこれほど当てはまる場所はほかにあるまい。
「だって、外に面した壁が、いや、これは壁とは言わないんじゃないか? 格子になってて雨風が素通しだろうが! 夏は快適だろうが、冬はどうするんだ? 前橋っていえば上州のからっ風の本場だろう! 確実に肺炎かなんかで死ぬぜ!」
「こんな状態だったから、諸外国から後進国といわれて監獄の近代化に踏み切ったのだろう。 」
「う〜〜〜ん……スニオンのほうがましかもしれん。」
飲食その他の活動がすべて狭い房内で行われるためとかく不衛生になりがちな牢獄だが、ここまで風通しがよければその点だけは快適であったろう。 明治21年に出来たこの雑居房は感覚的にはまだ江戸時代のままだ。
「そしてこの用材は栗だ。 なにか思い浮かばないか?」
「栗って……ああ、縄文時代にも使ってた! 青森の三内丸山遺跡で出土してる! ふ〜ん、人間の知恵ってすごいな!」
栗の木は年月が経つほどに硬さを増し、、ついには鉄のようになるという。 刃物で切って脱出するのは不可能だったに違いない。
「でもどうしてこんなものが残ってたんだ? 普通はさっさと取り壊しそうなものだが。」
「ここに移築されたのは昭和45年だ。 広い敷地だろうから、取り壊さずともさして邪魔にはならなかったのだろう。」
「スニオンに限らず、牢獄なんてごめんだね。 黄金には似合わん。」
まったくである。

しかし、ミロの期待を裏切って次も監獄だ。
「ここは先ほども正門を見た金沢監獄の中央看守所と監房だ。」
「う〜ん、また監獄か。 帝国ホテルのそばの立地っていうのが、落差を感じさせるな。」
「喜べ。 ここは先の鳥籠タイプとは違い近代的だ。」
「喜べって言われても。」
本来は中央の看守所から五方向に放射状に監房の棟が伸びていたのだが、移築されたのは一つの棟だけで、あとは写真を開口部にはめ込んでいかにもそれらしく見せている。
「ああ、なるほど! 真ん中の看守所にいれば全部が見通せて安全確認が出来るってわけだ。いや、この場合は安全確認じゃなくて、不穏な動きがないかどうか見張るんだろうな。」
「この看守所の建物は金沢のものだが、中央にある監視室は網走監獄のものだそうだ。」
「網走っ! あそこも行きたくない。」
心配しなくてもミロが行くとは思えない。
中央部分から監房のほうに行ってみると、今度は近代的でドアも壁もしっかりしていて、なんとなく安堵できるのはさっきの江戸時代的牢獄を見たせいだろう。
「おい、この中に実際に入れるぜ、布団一式もあって気分を味わえるらしい。」
「ううむ…」
その布団というのがいかにも薄く、さびしい気分が盛り上がる。 せんべい布団というのはこのようなものを言うのだろう。
「安心しろ。 万が一、お前が敵方に囚われて虜囚の憂き目に遭ったとしても、俺がなんとしてでも助けるからな。」
「ええと…」

   …私がここに?

ありがとうというべきだろうか?
監視室の向かい側には薄い壁で仕切られた簡素な造りの狭い区画が幾つかあって、囚人が手紙を書くときに使われたのだという。
「手紙を書くときも監視付きか?」
「筆記用具を自由に持たせると武器に転用される可能性があるのかも知れぬ。 」
「ああ、尖ってるからか、ふ〜〜ん…」

外に出るとミロが伸びをした。
「もう監獄はいいよ。 なにかもっと楽しいものを見たいね、俺は。」
「あそこに東京駅警備巡査派出所があるが。」
「派出所ねぇ、関連物件だな……いや、小さいし、あそこはパスしよう。 あそこはどうだ? きっといいと思うな。」
ミロが指差したのはちょっと離れた高台にある白い教会堂だ。 さきほどバスで通りかかったときに、年間80組ほど挙式が行われると聞いたのを思い出す。 むろん歴史的な解説はわかっているが、それとはあまりにかけ離れた情報が印象的だ。
「あれは聖ザビエル天主堂だ。 では、あそこに行こう。」
そうだ、このあたりで気分を直そう。 監獄から天国へ。 望ましい展開だ。
私たちは天主堂への長い坂道を登っていった。


                                    





              なぜか、気合が入った監獄建築。
              だって、面白いんですもの。

                奈良少年刑務所     ⇒ こちら   千葉と金沢の正門に飛べます。
                旧鹿児島刑務所正門  ⇒ こちら
                旧長崎刑務所       ⇒ こちら   じつにリアルな写真があります。感銘を受けました。

                前橋監獄雑居房          ⇒ こちら
                金沢監獄・中央看守所と監房   ⇒ こちら
                栗の木の話             ⇒ こちら