「大奥ってなんだ?」
「大奥とは、江戸時代の政治のトップに位置する征夷大将軍職が円滑に継承されるよう、居住する城の奥に婦女子を多く配置しておいた、その場所もしくは人々のことだ。」
「はぁ?よくわからんな?お前、案外、説明が不得手なんじゃないのか?」
「…え?」
「だって、その説明でわかるわけがないだろう?もう一度、わかりやすく言ってくれ。」
「………そうか……しかたのない……メールでの質問なら、これで切り上げたのに…」
「なにか言ったか?」
「いや、別に。では、お前のために詳細な解説をする。」
「おっ、気合いが入ってるな♪」
「政治権力の継承は、どんな時代でも重要だ。後継者が生まれない場合は、権力争いが起き、国が乱れるもととなるので避けねばならぬ。そこで、征夷大将軍、以下、将軍と略するが、将軍に継嗣が必ず生まれるように、成年に達する前からふさわしい女子をあてがったのだ。」
「あてがった、っていう表現がすごいな……」
「そうか?資料にそう記述してあったのだが、なにか問題があるか?」
「いや、かまわん、続けてくれ。」
「江戸城の表側では将軍以下の成年男子が政治をつかさどり、大奥には男子はいない。これは、万が一、間違いがあったときの血統の乱れを防止するための策で、双方の境は厳重に管理されて、蟻の這いこむ隙間もない。大奥に入れるのは将軍一人だけで、中の用事一切を女性が行なう。」
「ふうん、家具を動かすときなんかはどうしたんだ?」
「力仕事をする下働きの女性が奉公しているので問題はない。将軍の役目で重要なのは、政権が維持できるように継嗣を作る、ということなので、新しい将軍が決まるとすぐさま大奥が形成され、子作りに励むことを周囲から要求されるという。」
「あの……子作りに励むっていうのも資料の記述か……?」
「むろん、そうだ。もっと学術的な用語のほうがよければそうするが?」
「い、いやっ、その文学的なほうでいい、続けてくれ。」
「大奥には見目麗しい出自の明らかな健康な女子が集められ、将軍の手がつくことをひたすら待つのだ。」
「あの………手がつくって?」
「肌に手をつけること、すなわち…」
「いや、わかった………続けてくれ…」
いつもと違って、恥じらいかねないのはミロのようである。
「将軍の正室は京都の天皇家から降嫁してくるのが慣例だったが、習慣・言葉などの違いから、正室よりも、武家出身の娘が寵愛を受けることが多かった。」
「おっ、それだよ、それっ!『 寵愛を受ける 』 、その表現がいいね、気に入ったよ♪そうこなくちゃ!」
カミュが 「 寵愛を受ける 」 っていうことは、俺が 「 寵愛を授ける
」 ってことで………
ふふふ………なんともいえんな♪♪
カミュがちらっとミロを見たが、さして気にした様子もない。
「大奥の女性には厳しい階級制度があり、その頂点にいるのは京都から降嫁した正室だ。
これは別格扱いで、他に現将軍の生母、将軍の継嗣を生んだ側室などは権力が強い。 また、現に将軍の寵愛を受けている者も権力がある。」
「ふうん、将軍の母親も大奥にいるのか。」
「うむ、私も、大奥にいるのは将軍の妻妾だけかと思っていたが、将軍の子息も大奥で養育される。
大奥には、一時は1000人以上の女性がいたとされるが、そのすべてが将軍の妻妾ではなく、それらの女性達に仕える職種の者も数多く含まれている。」
「そりゃそうだ、一人の男に、千人は多すぎるだろう。」
「ほう……何人なら適当だと思うのだ?」
「えっ……! そ、そんなことは俺は知らんっ!」
俺はもちろんカミュ一人だが、
世間の、というより封建主義の時代の日本の首班が何人の妻妾を持っていたのが普通か、なんて知るわけがないっ!
そんなものは、たくさんいすぎても困るだろうと思うが、だからといって、何人が適当かなんて言えるかっっ!!!
赤くなっているミロを横目にカミュの説明は続く。
「将軍の身の回りの一切の世話を行なう女性を 「 御中 (おちゅうろう)」
といい、美しい若い女性だったらしい。 通常、将軍の 「お手つき」 というのは将軍付きの御中
から出るが、正室付きの御中揩ゥら出た場合には、正室から将軍へ献上と言う形式をとった。」
「献上って、なんだよ!献上って!!!!」
「大声を出すのはやめてくれぬか。 江戸時代の女性の処遇は、私のせいではない。
」
「あ………すまん……しかしなぁ……」
「そして、御中 より下位の女性に手がついたときは、御中 に昇進したという。」
「ふうん………昇進ね……。ちょっと疑問なんだが、将軍になって、一人の御中
だけを好きになったら、それはそれでいいんだろうな?」
「というと?」
「つまり………相思相愛になったら、ほかの御中 のことは気にしなくてもいいんだな?」
「お前の言っているのは、他の女性に手をつける必要性の有無か?」
「あ……ああ、そのことだ。」
「気に入った女性がいたら、とりあえずは寵愛して問題ない。 しかし、…」
「……しかし、って?」
「その女性がいつまでたっても妊娠しない場合には、当然、他の御中揩ノ手をつけるように、半ば強制されると思われる。」
「な、なにぃ〜〜〜っっ!!!!」
「驚かれても困る。 将軍の義務は、政治の遂行よりも、後継者を作るという点に重点が置かれているのだから、むしろ当然といえよう。」
「し、しかし……」
「もっとも極端な例が、11代将軍家斉で、16人の側室に57人の子を生ませている。
」
「え……っ!」
「ただし、当時は医学水準が低かったので、このうちの32人は5歳になる前に早世している。」
「…え?」
「だから、お前の言うように、仮に、相思相愛の女性が男子を3人生んだとしても、誰一人成人しない可能性さえあるのだ。
このような時代には安閑として一夫一婦制を採用しているわけにはいかぬ。 国の未来がかかっているのだからな。」
「そ、そんなぁ〜〜っ!」
「それに加えて、たとえ寵愛を受けていても30歳になったら身を引かねばならぬ。」
「……え?」
「後進に道を譲る、ということではないのだろうか。日本人の謙譲の美徳の現われかもしれぬ。」
「……そうなのか?」
好き合ってるのに、日本一の権力者なのに、抱いちゃいかんのか???
もし10人くらい男子が生まれてたら、とっくに義務は果したんだから、好きにしてもいいんじゃないのか?
………しかし、怖くてカミュにはとても訊けんっ!
まあ、昔のことだから気にしないことにしよう………べつに、俺とカミュのことじゃないしな…
「そして、将軍の手がついていない御中揩ヘ 『 お清 (きよ) の御中 』 と呼ばれ、床入りの際の寝ずの番を務める。」
「…はぁ?また、わけのわからん用語が出てきたな………そりゃ、何のことだ?」
「……だからメールのほうが望ましいのだが……」
「ん? なにか言ったか?」
「いや、べつに。 つまり………将軍と御中揩ェ褥を共にするときに、すぐ近くに横になり、眠らないでいて、見聞きしたことを翌朝になってから自分の上司に報告するのだ。」
「なんだとっっ! カミュ、お前、いったい何を言っているかわかっているのかっっっ!!!!!!」
ミロは激怒した。
必ず、かの邪知暴虐のしきたりを除かなければならぬと決意した。
ミロには封建政治がわからぬ。 ミロは、アテナの聖闘士である。 爪を研ぎ、カミュと遊んで暮してきた。
けれども、邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。
「なぜ、そんなっ……人のプライバシーを侵害するにもほどがあるっっっ!! 冗談ではないっ!
俺は絶対にいやだからなっ!!!!!!」
怒髪天を突き目を見開いたミロは、カミュの胸ぐらを掴みかねない勢いである。
瞬間的に増大した小宇宙が空間をわずかに歪めた。
「落ち着けっ、これは歴史的事実で、お前が怒る筋合いのものではない!ミロ、頭を冷やせ!!」
その瞬間、周りの空気が急激に冷却され、ミロを身震いさせた。
「ああ……すまん、少し興奮した。……しかし、なんで、そんなとんでもないことをしなけりゃならんのだ?」
「例えば、夜伽の最中に、女性が将軍に、自分の一族の昇進をねだったり、将軍の側近を気に入らないからと罷免させようとしたのでは国政がゆがむ。 その懸念があるため、監視役を置いたのではないだろうか。」
「しかし、それなら世界中の国にそのルールがありそうなものだがな。 非人間的過ぎると思うぜ。」
「むろん、あまり感心はしないが、政権安定のためにはやむをえなかったのだろう。過去にそのような事例があったため、考案されたルールに違いない。
効果はあったと思われる。」
私事ではクールじゃないと思うが、普段は十分にクールだよ、お前は!
ふうん………一つ、試してみる価値はあるな♪
「……まあいい、昔のことだ。それにしても、将軍に生まれなくてよかったぜ!お前もそう思うだろう?」
ミロに抱き寄せられたカミュが頬を染め、それなりにミロを満足させた。
⇒ ( 大奥風味 黄表紙風味 )
参考 : 「 走れ、メロス 」 太宰 治 作
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