テーブルウェア・フェスティバル 2010 カミュ様お誕生記念 |
「ほぅ!」 「ほんとにすごいな!」 目の前には美しく飾り付けられたテーブルがあり、さらにその次のスペースにも違うテーブルコーディネートが現れて、どこまで行っても尽きることがないような気がしてくる。 ミロとカミュがやってきたのは東京ドーム、テーブルウェア・フェスティバル2010の会場である。 日本最大の器の展示会で期間中の来場者は30万人を超えるという一大イベントだ。 数え切れないほど多くの展示スペースの前をたくさんの人が行き交い、その多くがデジカメや携帯で写真を撮っている。 「どこから見始めればいいか、わからんな。」 「順路が設定されているわけではない。いちばん手近なところから見てゆこう。」 入口でパンフレットをもらったが、それをめくるよりも歩くほうが手っ取り早い。事前にサイトで概要を見ているのも役立った。 インフォメーションのブースでは、出展している知人や関係先のスペースの場所を尋ねる来場者が何人もいるが、ミロとカミュにはそんな知り合いはいないので、足を止めることもない。 「販売コーナーはあとにして、まずは企画展示を見るべきだな。いろいろなテーマに分かれてる。」 「花をあしらった世界の器の特集、グラスで愉しむ彩りのパーティー、ほう、備前焼のコーナーもある。」 手近なコーナーで最初に目に飛び込んできたのは、濃いピンクで統一されたテーブルセッティングだ。器とグラスは透明なクリスタル、ナフキンは白で、テーブルクロスと飾られた花が濃いピンク。 カトラリーと小物の銀が効いている。 派手といえば派手だが、いずれも最高の品質を誇るブランドの品なので、きわめて豪華で格調ある仕上がりだ。 「う〜ん、ここまで思いきったコーディネートは考えもしなかったが、なかなかいいじゃないか。 どう思う?」 「これで天蠍宮をコーディネートされたら絶句するだろうが、しかし美しい。 ピンクとクリスタルと銀の色彩の配分がよいのだろう。」 「サプライズでやってもいい?」 「えっ!」 「ふふふ…」 黒漆に金蒔絵の器に洋食器と銀のカトラリーを合わせたセッティングも斬新で、きりっと気分が引き締まる。。 気に入った食器を注文する客、知人の展示を見つけて一緒に写真を撮る客、連れと感想を話しながら品定めに余念がない客、様々だ。 「全部捨てたくなったわ。」 と、すれ違った夫婦の妻のほうの声が聞こえたのは、ここの展示に引き比べて自分の家の食器が見劣りすると感じたためだろう。 「そうは思わないけど、新しいものに気を惹かれるのはたしかだな。」 その言葉に、女房と畳は新しいほうがいい、という諺を連想したカミュだが、むろんそんなことは口が裂けても言えるものではない。黙っているとミロがちょっと顔を寄せてささやいてきた。 「でも、お前は日々に新しい。 俺の最高のパートナーだよ。」 かっと顔を赤くしたカミュとくすくす笑うミロが次にやってきたのはプロとアマチュアがオリジナル作品を展示しているコーナーだ。広い東京ドームの中央あたりにたっぶりとしたスペースをとり、一つ一つの作品のタイトルと制作者の名前が印されている。陶磁器あり、漆器あり、ガラス器ありと華やかだ。 「ずいぶんな数だな!」 「パンフレットを見ると、プロ・アマ50ずつ出展されている。このほかにコーディネート部門に74作品があるらしい。」 「そんなに見切れるかな?展示即売もかなりの数だろう。それにどこを見てないのか、自分でもわかる自信がない。」 野球でお馴染みの東京ドームのグラウンド部分には45センチ角くらいのグレーのパネルが敷き詰められていて、野球を思わせるものはなにもない。 こうしたイベントがあるたびに敷き詰められるのだろうが、その手間を思うと気が遠くなりそうだ。 上を見上げればはるか遠くに白い天井があり、周囲をぐるっと取り囲んでいるのはかなりの傾斜に設えられた観客席だ。 自分の位置を推し量るには、はるか高みに掲示してある 『 入口 』 と 『 出口 』 という大きな文字が役に立つ。 「あそこの通路からここに降りてきたんだから、まだあっちのほうを見てないんじゃないか?」 「GPSが必要かもしれぬ。」 JRの水道橋駅からすぐの東京ドームのそばには東京ドームシティアトラクションズ、つまり昔の後楽園遊園地があり、たいそう賑やかだ。 そのすぐ横を通って東京ドームに入ると、観客席の一番上のすぐ後ろの広い通路をかなり歩いて入口に指定されている場所から観客席の間を延々と降りていって、やっとグラウンド、すなわち催し事会場にたどり着くことになっている。 見上げれば、沢山の展示を見て歩き疲れた人々が青い観客席に座って休んでいるのがよく見える。 「ともかく見るところが多過ぎる。 さっきなんか、グループで来たんだろうな、お互いに携帯で場所を確認してたぜ。」 「見たいものが違えば、そうなるのだろうな。携帯がなければ巡り会うのも難しかろう。」 不思議なことに外人の姿を見かけない。これは東京ではかなり珍しいことで、やっと日本茶の販売ブースで一人見かけただけだ。 売り子が何種類ものお茶の袋を指差して、「ワン、ツー、スリー、1050円、スリーパッケージ」 と身振り手振りで言っている。 1050は日本語なのだが、一緒に値札を指差しているので意思の疎通は出来たようだ。 頷いた外人が紙幣を出して買い物は成立している。 「このあたりには日本の焼き物の展示があるぜ。ああ、織部だ。俺はこれが好きなんだよ。」 寄って行ったミロが熱心に見はじめた。織部は千利休の弟子の古田織部が創始し、今も岐阜県美濃地方で作られている。 濃い緑色の釉薬に代表される陶器で、野趣に富んだ個性的な作風で根強い人気がある。 「買うのか?」 「織部がこれだけ揃ってるなんて、産地以外では考えられないな。この長皿って、いいと思わないか?秋刀魚を乗せたら映えるぜ。」 「しかし、私たちがこの皿で食べようと思っても、ほかの泊まり客の手前、使えまい。」 「だから30枚買うんだよ、そうすればなにも問題ない。」 大名買いである。 登別の宿の住所を達者な日本語で伝票に書き、カードで支払いを済ませると、たくさんの即売コーナーを見ながらもと来たほうへ戻ることにした。 「今日はお前の誕生日だから、約束通り、どれでも好きなテーブルコーディネートを選んでくれ。今年はそれがプレゼントだ。手元に届くのはあとになるが、これだけの種類の中から選べる機会はそうあるものではないからな。」 「ありがとう。 それでは、ええと…」 印象に残っている展示をもう一度巡っていると、まだ見ていないコーナーがあるのに気がついた。 「あれ?ここはまだだったんじゃないか? テーブルセッティングによる食空間提案って書いてある。」 「ああ、たしかにまだ見ていない。」 たくさんの人であふれているそのコーナーはずいぶん人気があるらしい。 「うわっ、ここって、すごくいいぜ! 気がついてよかったな!」 ミロの言う通りで、そのコーナーはそれぞれたっぶりとしたスペースにかなり凝った贅沢なテーブルセッティングがなされているのが一目でわかる。 「ああ、これがいい!どう思う?」 「ああ、素晴らしい………もうほかを見る必要はあるまい。」 それは緑を基調としたコーディネートで、美しい緑の江戸切子の食器とグラス類がテーブルを飾り、カトラリー、小物の一つ一つがえも言われぬ優美と格調を醸し出していた。テーブル中央の背の高い堂々とした花瓶がこれまた見事で、盛り込まれた黄色と緑の花がいちだんと華やかだ。 特に力を入れた展示らしく、部屋の雰囲気を出すように三方に壁が作られていて、爽やかな緑のカーテンが出窓を飾る。 壁にはカシニョールの緑を多用した大きい絵がかかり、床には緑のハンドメイド風のウサギがちょこんと座っていたりするという手の込んだしつらえだ。 「見たなかで最高だな、これでいいか? あの江戸切り子なんか、震い付きたくなるような逸品だ。」 「うむ、気に入った。」 カミュに確認したミロが近くにいたスタッフを呼んだ。 「これと同じものを注文したいのでお願いします。」 「……これと同じでございますか。少々お待ちくださいませ。」 このやり取りを聞きつけた周囲の人垣からひそかに溜息が漏れる。 見ているだけでも眼福だと思っているのに、それを誰かが注文する場面に遭遇したのだからまさに千載の一遇だ。 「お待たせいたしました。 このコーディネートの担当者です。 こちらの品をご注文になると承りましたが。」 やってきたのは五十がらみの品のいい男性だ。 驚くべき注文をした外人客が日本語が出来るのは聞いていたらしく丁寧な日本語を使う。 「実に素晴らしい切子ですね、どのくらいかかりますか?」 ミロは手元に届くまでにどのくらいの時間がかかるかを訊いたのだが、相手はそうは取らなかった。 「こちらのお品はこの企画のために特別に製作いたしましたので、価格が決定しておりません。 概算はお伝えできますが、正確な数字は後日になりますが、いかがいたしましょう?」 「ああ、値段じゃなくて、受け取りまでの日数のことなんです。 誕生日のプレゼントなので、あまり遅くなってもと思って。」 「左様でございますか。 製作の日数は、そうですね……三ヶ月はみていただきませんと。 これだけのお品ですと職人も限定されますので、どうしてもお日にちがかかります。」 「だそうだ。 かまわないかな?」 「ああ、それでいい。」 ここのやり取りだけはギリシャ語だ。 ミロも、周りの日本人に送り先がカミュだと知られたいとは思わない。 「ゆっくり作っていただきましょう。 妙にせかせるといい作品は出来ませんしね。 急がば回れといいますから。」 「ありがとうございます。 では伝票を作らせていただきますので、それまでの間、どうぞこちらにおかけくださいまして、こちらのコーディネートをお楽しみくださいませ。」 「え?」 お辞儀をした担当者がちょっと合図をすると魔法のようにどこからか現れたスタッフがテーブルのそばにアレンジされていた白い椅子を置きなおし、少し下がってお辞儀をした。 「お客様のような方におかけいただきましたら当方の誉れでございます。 ぜひ、どうぞ。」 「いや、そこまでしていただかなくても。」 「いえいえ、さあ、どうぞおかけくださいませ。」 椅子を引かれて熱意を込めて誘われる。 どうにも断りきれない雰囲気である。 「では。」 こうして並み居る客たちの羨望のまなざしの中、二人の外国人が席に着くといっせいにどよめきが起こる。 美貌の外人青年は、この素晴らしいコーディネートに最高の花を添えたのだ。 カミュは客たちに背を向けていて誰からも顔を見られないが、左側の壁にかかっているカシニョールの絵の前に腰掛けたミロは絶好の被写体である。 緑色のコーディネートには金髪がよく映える。 もともと携帯やデジカメを持っていた女性たちから賞賛の熱いため息と、撮影してもいいかどうかの逡巡が一斉にあふれ出す。 そもそも外人がほとんどいない会場内で、二人の姿はただでさえ目立つ。 二人とも気にもしていなかったが、展示されている器を堪能した女性たちがひときわ背の高い二人の外人青年に気を惹かれてさりげなくついて歩いていたことなど知るよしもない。 おやおや、カミュが客に背を向けていてよかったぜ しかし、ほんとに映りがいいな 青が似合うと思っていたが、この緑も最高じゃないか! 「目立ちすぎないか?」 「しかたがない。国際交流だ。」 「ここの展示には、本来は客を座らせないのではないだろうか?」 「設営側の判断だ。 気にすることはない。」 ギリシャ語のやり取りがいかにも外国らしいと客たちを喜ばせ、勇気を出した客の一人が携帯で写真を撮ったからたいへんだ。 あとに続けとばかりに、我も我もとデジカメや携帯がピロリン カシャリと音を立て始めた。 「これはちょっと…」 「無駄な抵抗はやめたほうがいいな。 どうせお前は背を向けてるんだから、俺の顔しか映らない。 ここに来るまでにもさんざん撮られてるから、いまさら断っても意味がない。」 「えっ、そうなのか?」 「そうだよ、気付かなかった?」 「まったく。」 そこへ戻ってきた担当者がミロにメモを見せながらささやいた。 「お値段でございますが、あの花瓶がとくにお高くなっておりまして、あの大きさですと100万円を下回ることはありませんのでして。 いかがいたしましょう?」 「そのくらいは当然でしょうね。 それだけの価値のある花瓶です。 もちろん、かまいませんとも。」 「ありがとう存じます。そういたしますと概算でこの金額になります。」 指し示されたメモには普通の日本人なら気が遠くなるような数字が並んでいる。 「ええ、お願いします。」 鷹揚な買い物をする外人客に担当者が深々と頭を下げた。 バブル期を過ぎ、さらにリーマンショック、ドバイ危機を経ている現状では中東マネーさえ翳りを見せている昨今である。 値切ることさえしないこの客に感嘆した担当者が店の自慢の江戸切子を幾つかサービスでつけようと思ったのは無理もない。 聞き耳を立てている客たちは値段のことらしいと見当をつけたが、むろん内容はわからない。 きっと高いのだろうと思っても、まさか総額が200万をはるかに越すとは想像もつかないのだった 「青い切子は冷酒セットがあるけど、緑のグラスもいいな。」 「ちょっと恥ずかしかったが、いいプレゼントをもらった。 ありがとう。」 「だいぶ写真を撮られたが、またブログに載るかな?」 「そうでないことを願いたい。」 「夢だな。」 「やっぱり?」 2月の風は冷たい。 ちょっと足を早めながら二人は東京ドームをあとにした。 初めて行ったテーブルウェアフェスティバル。 お誘いした方は都合がつかなかったので一人で参戦です。 ……素晴らしかった! ミロ様お買い上げの緑色のコーディネートは、毎年出品している黒柳徹子さんのものです。 壁のカシニョールも徹子さんのもので、飾ってある緑の小物も手作りでした。 美しい江戸切子は特注品、まさにお二人にふさわしく。 もちろんあの場で椅子に掛けさせていただけるのは二人が黄金だからです、 ブログには二人の写真があふれたことでしょう。 価格設定はもちろん私の創作です。 織部 ⇒ こちら カシニョール ⇒ こちら 江戸切子 ⇒ こちら 会場の様子 ⇒ こちら こちら ← ここにカシニョールの絵があります 緑のコーディネートの写真 ⇒ こちら 会場にあった徹子さんのコメント ⇒ こちら |
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