和菓子

「和菓子って日本の伝統的な菓子のことだろ? 日本に来なきゃ食べられないものの一つだな。」
「それがそうでもない。 1980年にパリに出店した 『 とらや 』 は約480年前に京都で創業した老舗で、いまやパリでは人気を集める店の一つだ。 」
「え? そうなのか?」
「なにしろ和菓子には油脂が使われていない。 当初は生クリームやバターが使われていないヘルシーな菓子ということでおおいに人気を博したのだが、この頃では純粋に日本の菓子に対する理解がすすみ、繊細な味や意匠が正当に評価されているようだ。」
「ふうん、そいつは知らなかったな。 美穂なんかは、ダイエット中だからっていって和菓子を食べないらしいが、パリではヘルシーだとはね。」

二人が離れでくつろいでいると、美穂がオヤツを持ってきた。
乳白色のガラスの角皿には初めてみる和菓子が乗っている。 ミロが目をみはった。
「おいっ、これはどうなっているんだ? どう見ても金魚が泳いでるぜ?」
皿の上には透明な平たい四角形が乗っていて、なんとその中に金魚が閉じ込められているように見えるのだ。
さすがに驚いたカミュが美穂に質問する。
「なるほど! この菓子は、さきほども言った とらや の季節菓子で、東京から空輸したものだそうだ。 中の金魚は練り切りで出来ていて、むろん食べられる。 なお、この菓子は1918年に作出されたもののレシピに忠実に作られているそうだ。」
「なにっ、そんなに昔からあるのか!」
「私も驚いたが、上には上がある。明日の和菓子は 『 なすび餅 』 といって、なんと慶安4年すなわち1651年に初めて作られたのだそうだ。」
「気が遠くなりそうだな。 さすがはジパングだ!」

美穂がお辞儀をして出て行ったあと、ミロは皿を持ち上げてしげしげと金魚の菓子を眺めてみた。
「まったく、よく出来ている! ギリシャでは考えられん!」
感心しながらミロは添えられていた黒文字を使って器用に小さく切り分けて口に運んだ。
最初は尖った小枝だと思った楊枝だが、今では黒文字の香りを嗅ぎ分けられるのだからたいしたものである。
「ふうん、たしかに夏らしい和菓子だな!」
「皿の上に小さな世界を表現するのが日本の精神なのだろう。 遊び心が生活の中に息づいている。」
「ふうん…遊び心ねぇ……♪」
透き通った小さなかけらを口に入れるカミュの仕草が優美で、ミロは見惚れてしまうのだ。
「すまぬが、茶のおかわりを頼めるか?」
「茶なら俺のをやるよ♪」
「…え?」
カミュが目を上げたとき、すでにミロの手が背に回され、口移しに煎茶が与えられる。
「ん………」
「ふふふ……ねぇ、カミュ……あれだけじゃどうにも食べたりない……デザートをもらってもいいかな♪」
「し、しかし、ミロ……こんな昼間から……誰か来るかもしれぬし……私は……」
真っ赤になったカミュはそれでも一応の抗議をしてはみた。
「知ってるだろう? このあとは俺たちが夕食を食べに行くまで誰も来はしない……俺にも季節の和菓子を食べさせてくれないか?」
久しぶりの畳の感触が新鮮で、こうなったからにはカミュを手離すはずもない。
形ばかりミロを押し返そうとしていたカミュもやがて身じろぐだけとなってゆく初夏の午後である。





                                     今日、6月16日は 「 和菓子の日 」 です。
                                     平安時代848年頃、国内に疫病が蔓延したことから
                                     仁明天皇が元号を 「 嘉祥 」 と改元し、
                                     6月16日に16の数に因んだ菓子、餅を神に供えて、
                                     疫病除け、健康招福を祈った古事によるものとか。

                                     去年の和菓子の日作品は ⇒ こちら