其の一  逢魔が時


「若君、あれを!!」
「うむ、確かに百鬼夜行に違いない!このあたりに出るとは聞いていたが、やはりな!」
「このままに捨て置いては、世人の迷惑になりまする。我ら二人で退治いたしますか。」
「望むところよ!よし、アイオリア! 引き付けておいて、一気に討ち取ろうぞ!」
「承知仕りました!」

ここは花咲き匂う京の都、五条大路と東洞院大路の交わる辻である。 花の香漂う宵の道を急ぐ二人の前を音もなくぞろぞろと横切ってゆくのはかねてから噂に聞く かの百鬼夜行に違いない。
物陰にひそんで妖怪どもが目の前を通り過ぎる瞬間に躍り出た二人がいきなり必殺のライトニングボルトやスカーレットニードルを放てば、さしもの世を震え上がらせた化け物どもも、とてもかないはしないのだ。
琵琶に足の生えたのやら、丼を頭にかぶった馬の化け物やらを退治するのはこの主従にとってはわけもない。 思わぬ攻めに浮足立った奇怪な姿の妖怪たちが逃げ惑い、或いは挑んでくる中で、少将とアイオリアはいささかも動ずることなく片端から打ち倒してゆくのだ。
「もう、おらぬのか!」
「一匹残らず、仕留めたように思われまする。」
辻の中ほどに立って見回せば、倒れた妖怪は煙の如くに消え失せて、あとにはなんの痕跡も残ってはいない。
「埒もない。いささか物足りぬが、これで都の人々も大手を振って歩けようというものだ。」
「まことに良いことをいたしました。では…!」
「うむ、行こう。」
「参りましょう。」
こうして、主従はカミュ姫と魔鈴の待つ中納言邸へ向ったのである。
あとには白々とした月が五月の都大路を照らすばかりであった。


「では若君、どうぞごゆるりと。 夜明け前にお迎えに参ります。」
「うむ、そちもうまくやるがよい」
中納言邸に入ると、主従はそれぞれの恋人のもとへと向った。 少将はカミュ姫、アイオリアはその女房の魔鈴にぞっこんなのだ。

「カミュ、私だ。」
「…少将様!」
音もなく入ってきた少将に後ろから抱かれたカミュが、はっと息を呑む。
「そうではなくて、ミロと呼んで……昨日 約束したばかりなのに、もう忘れたの?」
「あ……ミロ様…」
「約束を破った罰だ……今夜は寝かさない♪」
「……え?」
耳元でささやかれた言葉の意味を悟りぱっと顔を赤らめたカミュがうつむいたときには、もう襟元に少将の手がやさしく忍び込んでいる。
「あ………いや…」
「だめ……許さない………カミュもそれを望んでいるのがよくわかる……ほら、こんなに…」
「ミロ様……でも………そんなこと……ああっ…!」
思いもかけぬ少将の振る舞いに気も動転したのか、身悶えしたカミュが小さく叫んだ。
「そんな声を出さないで…………魔鈴に聞こえてもいいのかな?」
「えっ……わたくし、そんな大きい声など……」
「いや、聞こえたかもしれない。 ほら、足音が聞こえない?」
「そんな……そんなはずは……あっ、ミロ様っ……いや……ああ……」
「ふふふ、そんな声を出すとほんとに聞こえてしまうのに ……困った姫だ♪」
カミュを困らせたりじらせたりしながら、少将はなかなかその手を緩めようとはしないのだ。 甘い仕打ちにゆるゆると、また時には激しく首を振るカミュは身をそらしてつらがりながら許しを乞うのだが、いつもはやさしい少将もこんなときには聞く耳を持たぬというものだ。
「許して……ああ、そんなこと……どうか、おやめになって…」
だんだん高くなる声に、これでは本当に魔鈴がやってくるかも知れぬと恐れた少将が、甘い仕打ちに代わって唇を重ねてゆくと、ようやく緊張を解いたカミュがほっとしたように身体を添わせてくるのがいとおしい。
「愛してる……ずっと一緒にいてくれる?」
耳元で甘くささやくと、懐に抱かれたカミュが頬を染めて頷いた。

夜更けて、とろとろとまどろんでいたときだ。
「ああっ!」
悲痛な声に少将がはっと目を開けたときだ。 暗い天井から毛むくじゃらの巨大な手が伸びてきて傍らに眠っていたカミュを掴み上げ虚空へ消えた。
「何奴っ!!」
枕元の刀を掴み鋭く叱咤する。
「さっきは我が眷属をよくも痛めつけてくれたな! 女はもらってゆく。 返して欲しくば河原の院に来い!」
漆黒の闇の中に割れ鐘のような声が響き、一人残された少将はぎりぎりと唇を噛んだ。


                                  ⇒ 続く