”さよならにっぽん、文学の
旅。”
第2回
ホルへ・ルイス・ボルヘス、マルガリータ・ゲレロ「幻獣辞典」
両親の部屋。ダブルサイズのベッドがあり、本棚がいくつかあり沢山の本が並べられている。幼い頃、その部屋は昼間の薄暗い光の中、いつも他の部屋よりも
少
し
だ
け温度が低く、どこか特別な空気を持っていた。いや、今でもそうだ。
時々、家に自分一人しかいないとき、その部屋に入って本を手に取り、数ページ眺めてはまた本棚に戻した。そんな一冊の中にその本はあった。
ホルへ・ルイス・ボルヘスの「幻獣辞典」。当時の私はテレビゲーム、特にロール・プレイング・ゲームと呼ばれるものに夢中だった。そういったものには
異
世界のモンスターがよく登場した。水木しげるの漫画もこよなく愛していたためかそういったものを常に身近に感じながら育った。実際にいたらいいな、と思
いながら今まで育った。
そんな頃の私にとってこの本は格別に目をひいた。子供の本ではなく、大人の本にそういったものがある。ということは異世界の生き物の存在をより現実的な
も
のにした。子供心でもファンタジーの中のものはやはり現実とはちがう異世界のものという意識があったが、この本によってその実在に大人が承認を与えてくれ
た気がした。
本は晶文社からでて柳瀬尚紀の翻訳。今も中身は変わらないが当時の装丁はつやつやした表紙にチェシャ猫の絵が書かれていて、裏表紙には恐ろしい一つ目の
巨
人が描かれている。目次がありその幻獣の名前が羅列してある。その中にはバハムートやバジリスク、ブラウニーといったゲームによく
登場したものや、カフカの小説に登場するもの、八岐大蛇のような神話の中のものまで幅広い。当時の私はゲームに登場する者ばかり読んでいた気がする。ボル
ヘスらしいその
真実味のある記述に私はその架空の生き物とされる存在を身近に感じた。
数年読まない
時期があって10代後半に入ったある時また手に取った。その時はもう本を棚には戻さず、勝手に自分の部屋の棚に入れた。その時からボルヘスと私の密なる交
流が始まった。私を育んだこの本をもとに、まずはボルヘスの他の本、そしてアルゼンチン文学、キリスト教の研究書、北欧神話、ギリシャ神話、国書刊行会の
一連の刊行物と世界が広がっていったのだった。
(hayasi
keiji,06/9/14) |