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寄稿


2004年11月20日、長崎大学中部講堂で諫早湾保全生態学研究グループ主催の公開シンポジウム「有明海を科学し再生の道を探る」が開かれた。このシンポジウムは「保全生態学の視点から、有明海の本来の豊かさの原点を探ると共に、近年の生態系の変化と諫早湾干拓事業の関連について検討する」ことを目的に開催されたが、シンポジウムを傍聴した長崎大学長崎大学環境科学部4年の清水耕平さんが「素人ながら」と前置きして率直な感想を寄せてくれた。
一方、企画・立案し、主催者の一員として実行した鹿児島大学理学部助教授の佐藤正典さんからは「シンポジウムを終って」のコメントが寄せられたので合わせてご紹介する。



=公開シンポ「有明海を科学し再生の道を探る」を傍聴して=

感じられなかった“研究者同士の横のつながり”
一般の人に真意がどれだけ伝わったか疑問

長崎大学環境科学部4年  清水耕平

諫早干拓事業に賛成の人にも聞いて欲しいと企画側は望んでいたが、一般の人たちには学術臭が強すぎた印象をもたれたようだった=2004年11月20日、長崎大学で。筆者撮影
今回のシンポジウムでは、「大学の研究者レベルでは、諫早湾干拓が有明海に与える影響をどのように議論しているか」を、知るために調査に行きました。
諫早湾干拓に関してはほとんど知らない素人ですので、そのあたりを考慮して読んでいただければ幸いです。

今回のシンポジウムは4部構成です。
第1部にて有明海、第2部にて諫早湾に対する、それぞれの特徴が報告された後、第3部にて、本題である「諫早湾干拓事業が有明海に与えた影響」が報告され、第4部は漁業への影響に絞った報告、そして第5部にてまとめと総合討論がなされました。そのため、本レポートは第3部を中心に報告をまとめています。

第3部ではまず、長崎大学教育学部東研究室の松尾匡敏さんより、干拓事業前後での「底生生物の変化」についての報告がありました。底生生物は環境の変化の影響を受けやすいため、環境の変化の指標によく利用されるそうです。
松尾さんたちの調査によると、底生生物の中でも、特にヨコエビ類が劇的に変化していました。「ヨコエビ類は、潮止め堤防設置後3年間で29%(締め切った年度を100%とする)まで激減したが、次の2年間で171%まで激増した」そうです。

次に長崎大学水産学部の西ノ首英之教授より、干拓事業前後での「潮流の変化」についての報告がありました。西ノ首教授たちの調査によると、潮止め堤防設置前後で同じ
調査を同じ場所で実施した結果、「潮の流れが概ね24〜28%の減少が見られた」そうです。

その次に長崎大学教育学部の近藤寛教授より、干拓事業前後での「泥質の変化」についての報告がありました。
近藤教授たちの調査によると、潮止め堤防設置後の調査した結果、「泥の粒が細かくなっている事が分かった」そうです。

次は東北大学の佐藤慎一教授より、干拓事業前後での「二枚貝類の変化」についての報告がありました。二枚貝類は、移動能力に乏しく環境の変化の影響を受けやすいようです。
佐藤教授たちの報告によると、潮止め堤防設置後の調査をした結果、「少しづつ二枚貝類の種は減少している」そうです。

その次は鹿児島大学理学部の市川敏弘教授より、干拓事業前後での「調整池内の栄養の変化」についての報告がありました。栄養の変化とは、畑で野菜を育てる時に使う肥料の成分である窒素、リン、およびケイ素の事です。
市川教授たちの調査によると、「潮止め堤防設置後の窒素濃度について調査をした結果、3年後に300倍の濃度の極度の富栄養化となりましたが、その2年後に元の濃度に戻った」そうです。

最後に愛媛大学の上田拓史教授より、干拓事業前後での「動物プランクトンの変化」についての報告がありました。動物プランクトンは、湾奥に多く分布する強内湾性種と、湾口で多くなる弱内湾性種に、大きく2つに分けられます。
上田教授たちの調査によると、潮止め堤防設置前後で同じ調査を行った結果、「強湾内性種が湾口付近まで分布するようになった」そうです。

以上、計6名の発表がありました。以上6名の発表をまとめると、次の2つのことが分かりました。
  1. 諫早湾干拓事業の結果起こる無機物の変化は、元には戻らない。もしくは元に戻る まで長い年月がかかる。(「潮流の変化」および「泥質の変化」の報告より)
  2. 諫早湾干拓事業の結果起こる有機物の変化は、増減を繰り返しながらも、比較的短 期間で元に戻る。(「底生生物の変化」「貝類の変化」「栄養の変化」「動物プランク トンの変化」の報告より)

以下、第4部および第5部の簡単な報告と、今回のシンポジウムに参加してみた私の感想を記述します。
本レポートの流れからは外れますので、参考までにお読みください。

第4部では、諫早湾干拓事業が与えるノリの養殖への影響が佐賀県有明水産振興センターの川村嘉応さんより報告されました。
川村さんの報告によると、ノリの生産枚数は栄養塩の影響を受けるため、植物プランクトンの早期増殖を抑えるような環境作りが重要だそうです。また、ノリ養殖自身が与えている影響として、酸処理や施肥と合成支柱の乱立が問題としてあげられました。

第5部では、鹿児島大学の佐藤正典助教授より、他地域の報告がありました。鳥取・島根県にまたがる中海・宍道湖を堤防で閉め切って淡水にする事業は、2002年事業が中止となったそうです。また、熊本県の不知火海は高潮によって12名の犠牲が出ましたが、海を閉め切ってしまう計画ではなく、既存堤防の補強という対策がとられています(諫早湾干拓事業の目的の1つに高潮に対する防災があります)。

最後に、今回のシンポジウムに参加して感じたことは、あまりにも研究者同士の横のつながりがない、ということです。
研究者同士を結びつけるのは、諫早湾干拓事業等の社会問題です。社会問題を解決するためには、各研究者が自分の得意分野を生かして、1つづつ解決していかなければならないため、社会問題が研究者同士を結びつけるのです。社会問題を解決するには、研究室にこもって研究するのではなく、現場に出て実際に現場の声を聞かないと問題が見えてきません。

社会問題を解決するための研究であれば、研究内容も非常にシンプルになってきます。難しい計算式や数字を並べて、分析方法を延々と書いている論文はほとんど役に立ちません。計算式や分析方法はすべて参考資料程度しかありません。
現場で求められているのは、「その研究をした結果何が明らかになったか」だけです。果たして、今回のシンポジウムに参加した私のような素人の中で、シンポジウム企画者が伝えたい事を理解した人は何人いるでしょうか。難しい計算式や分析方法の説明を延々と聞かされても混乱するだけです。長崎大学の学園祭期間中に開かれたシンポジウムにも関わらず、会場には学生がほとんどいなかったことが、全てを表していました。

とても、タイトルだった「有明海を科学し再生の道を探れた」とは、到底思えませんでした。





=公開シンポジウムを終って=

もともと複雑な問題、「わかりやすさ」には限界
貴重だった漁業者からのコメント、諦めずに継続したい
鹿児島大学理学部助教授  佐藤正典
今回は、「科学者・研究者による研究発表」という性格でやりましたから、やっぱり専門外の人にはわかりにくい部分も多かったと思います。しかし、有明海で起こって いる問題は、実際にはきわめて複雑でもともとそんなに簡単なものではないので、一般の人(専門外の人)にも、そのような問題に食らい付いて勉強しようとする姿勢が 必要です。「わかりやすさ」だけを要求する安易な人が多すぎます。特に、e-mailであちこちすぐに投稿するような人は、そのような安易な人が多いのではないかと思います。
会場でも、私の質問打ち切りをふりきって、NGO関係者風(女子学生風)の人がわけのわからない「抗議」をしていました。
私としては全力で準備にあたったつもりですが、これが「シンポジウム」という形の 限界でしょうか。「諫早湾干拓推進派」の人々にも相当に気を使って、宣伝にも力を入れたつもりですが、期待したように人は集まりませんでした。学生もほとんどいなくてがっかりでした。
しかし、少数ではありましたが、比較的年輩の方が熱心に聴講して下さり、漁業者からも貴重なコメントがありましたので、あきらめないで、継続して行きたいと思っています。


※参照>佐藤正典さんのインタビュー他(さうすウェーブ) <<クリック!
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