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表 現
土本さんら「危惧はあるが、若い人たちの感性に期待」
=シンポジウム=
“日本のドキュメンタリー映画に未来はあるか”

左から土本、鈴木、今田さんと、スピーカーなのに土本さんを撮り続ける藤原さん
土本典昭フィルモグラフィ展2004の棹尾を飾る第4回シンポジウムが20004年8月14日、東京・御茶ノ水のアテネフランセで行われた。この日のテーマは「日本のドキュメンタリー映画に未来はあるか」。

講師は多摩美術大学講師の鈴木志郎康さん、記録映画作家の藤原敏史さん、映画監督の今田哲央さんに土本典昭さんの4人。それぞれの立場からドキュメンタリー映画への思いを語った。

シンポジウムに先立ち、今田さんが初監督し、一般上映され注目を集めた『熊笹の遺言』の予告編を上映したあと、撮影の経過などを、藤原さんが土本監督の“追っかけ”として昨年、土本さんが渡米した際のニューヨークでの行動を記録したものを上映、さらに鈴木さんが教鞭をとっている多摩美の学生の作品を上映しながら、それぞれのプレゼンテーションを行った後、討論に入った。それそれの発言を集約した。


「記録映画は現場だ。テーマ主義・べき論から離れよ」

いまや最長老の土本さん
〈土本典昭さん〉
  • 最近、評論家の田原総一郎さんと話した際に、いまやテレビが晴れ舞台だという話が出て腹が立った。デモに参加する員数が少ないのも気になる。
  • そういうことの延長にあるのか、「現場に行かないでできちゃう記録映画が目立つ」ことも非常に問題だ。
  • 若い人たちに望みたい。テーマ主義から離れよ。べき論は無視しろとは言わないが、極力離れるべきだ。
  • きょうのテーマは大きすぎて、この結論が簡単に出せたら苦労はしない。


「ハンセン病などからはむしろ逃げていたが、裁判結果を聞いて………」
とくに動機はなかったという今田さん
〈今田哲央さん〉
  • 『熊笹の遺言』は日本映画学校の卒業記念作品としてハンセン病の療養の人たちを撮らせてもらったが、それまでの自分は個人的にはまったく反社会的で、むしろそういう人たちからは逃げていた。まったくツテもなく、つながりもなかった。
  • そういう自分がなぜ撮ったかというと、大それた理屈があるわけではないが、裁判結果をたまたまテレビで見て、たとえ勝訴しても一般社会はおろか自分の家庭にも戻れない。本名にも戻れないという事を聞いて、何かを感じ、無心で撮り始めたというのが正直なところだ。


「とにかく若い人の作品を見て、一言言って欲しい」
若い人の作品にはまっていると言う鈴木さん
〈鈴木志郎康さん〉
  • 私自身は1960−75年頃までNHKでカメラマンをしていた。ある時、土本作品の『ある機関助手』を見て衝撃を受け、以来、土本さんに惚れ込んだ状態が続いている。
  • 教えている関係で、いまはもっぱら若い人たちの作品を見まくっている。正直言って、若い人たちの作品は千差万別で、ストーリーがないものもあり、それだけで否定的な評価を下す人がいるが、とにかく見てあげて、何か一言言ってあげることでドキュメンタリー映画の未来があると思っている。みなさんも大いに見ていただきたい。


「土本監督を追っかけること自体が記録映画作りに繋がる」
批判は批判として出すべきだ

〈藤原敏史さん〉

  • 土本さんの“追っかけ”を自認し、実行しているが、それだけで記録映画のあり方を問うているつもりだ。
  • いま、世界中で様々な問題が起き、それらに様々な批判が交錯しているが、その際、常に「批判(反対)するなら対案を出せ」と言われるがそれはおかしい。
  • 最近起った関西電力の美浜原発の事故にしても、会社の事後対策は実に杜撰で、対案など出す必要の以前のものだ。
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