※環ラスとは
2006/01/29 <20> ▼旧暦元旦  またまた多事多難な1年がやってきた▼

ことしもまた1月29日をもって旧暦元旦を迎えた。年末の怠惰が尾を引き1月1日に「年頭所感」を手抜きしたので、“環ラス”なりの「新年のメッセージ」を発したい。

ちょうど1年前(と言っても、昨年の旧暦元旦は2月9日であった)のそれを読み返して、いくつかの点で大いなる変化があったことを痛感した。

まずは「気候の激変」である。

1年前の今頃、新潟へ行った際に地球温暖化の兆しのように雪のかけらも見られない―と書いている。ところがどうだ、今冬のバカ雪は! 暖冬を予報した気象庁もお手上げ。一変して厳しい寒さと全国的に記録を更新する大雪である。その上、冬季に入り百数十人の人たちが犠牲になっている。この現象は日本だけでなくロシアのモスクワでも零下40℃とかで、やはり百人以上の生命が奪われている。片や東京より遥かに寒いはずのニューヨークでは暖冬となっているという………。1年や2年の変調で断定したり、大騒ぎするつもりはないが、このような短期間における気候の激変はなにによるものなのか?―をじっくり考え、生活する上でどう対処したらよいか熟慮する必要があろう。

次にあげたいのが「価値観の変化」とそれへのマスメディアのいい(断じて良いではない!)加減さだ。起業者と言われる若者の錬金術をもてはやし、競って取り上げ、利用するだけ利用した挙句に、不正行為(もちろん許されるべきではない)が発覚すると即座に手のひらを返したマスコミ、マスメディアには「いい加減にしろ」と言いたくなる。小泉純一郎が「時代の寵児と持ち上げたマスコミはどうなんだ」と、国会で開き直った気持も分らぬでもない。舌鋒鋭く迫っている某政党だって前党首が出馬しないかと誘っている。結果的に通じ合わなかったから不成立に終ったものの、衆院選の目玉として、あの時点で彼を欲しいと考えていたことは事実だ。

そして、「価値観の変化」の最たるものが一連の耐震偽装問題だ(まだまだ氷山の一角だろう)。建築士をはじめとするこの頃の「士」は一体何を考えているのだろう? 「士」の字がもつ価値をしっかり考えてほしい。

環境大臣宛に「適切な指導」を要望した水俣
3団体の代表団(右側)

=2006年1月25日、環境省で

ところで、今年は、「水俣病公式確認50年」という節目に当る。「水俣病の発生は50年どころではない。もっと前から起っていた」という説を問く向きもあるが(ある意味では正論だが)、公式確認ということで言えば、そこにこだわるのでなく、「だからどうする?」という思いと行動が肝要ではないだろうか。国・県・市が1年かけて様々なイベントや事業(?)を展開するという。当事者は否定しているが、これを節目として「水俣病事件は終った」として幕を引くのではないかと懸念する。小さな灯かもしれないが、しっかりと「問う」ことを行動に起さなければならない1年だ。

そういう中で、いま信じられないことが浮上。事は進められようとしている。よりによって水俣に最大級の産廃処理場を作るという計画である。昨春表面化したこの計画への地元住民からの風当りは厳しい。市議会ですら党派を超えて全会一致で反対決議を行なっている。にもかかわらず市長は「中立」を決め込んでいる(しかし、選挙戦が始まったら説を曲げ「反対」意向を表明した)。投票日は2月5日だが、この問題は争点の一つになっている。

折しも1月25日、計画に真っ向反対する地元の3団体の代表が揃って上京、環境大臣宛に反対要請書を出したり、推進企業の親会社に撤回要求書を出した。この産廃処理場問題、帰趨次第では「水俣病公式確認50年」どころではない。しかし、27日、環境大臣は「県知事の許可事項」と、早くも関与しない姿勢を示し、それに対し県知事は「国が関与しないのはおかしい」と不満を示している。なんのことはない、ボールの投げ合いである。

まだある。このところ一連の不祥事で影が薄くなってしまった「アスベスト禍」も新法が国会に上程されており、被害者の補償がどうなるのか、これから何十年にわたって顕在化する発症に、国として加害企業としてどう対処するかきっちりとウォッチしていかなければならない。

これらだけでも多事多難な1年であることは間違いない。


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