1日目 |
岡山 → 関空発12:40 → フランクフルト着 17時:06 |
無事フラクフルトに到着 友達が詳しく書いてくれたタクシー乗り場までの道順
フランクフルト空港 思っていたより分かり易く、タクシー乗り場までなんとか辿り着いた。
友達は明日までスペインにバカンスに行って留守
教えられた住所をタクシーの運転手に見せる、しかし今考えてみれば40k以上離れた小さなまちの小さなホテルが分かる訳がない。
住所の街をぐるぐるさがし、やっと予約していた小さなホテルに着いた。まだ寝るには早いので、街を散歩する
ドイツの夏は10時ごろまで日が暮れないので旅行中怖い目にも遭わずに済んだのか・・・
今回の旅行 6000マルク購入 エアーチケット 2740マルク 約143000円
(エアーチケット代も含む) タクシー代 80マルク 約4200円
1マルク 約52円 ホテル代2人 150マルク 約7800円
2日目 | フランクフルトから40k程の片田舎 |
多分バカンスから今日は帰って来ているだろうと、電話を掛けてみる
しかしもう一日ホテルに泊まることになった。
バカンス中、家の修理をしていたのがもう一日かかった為。
それでもやっと友達とは会うことが出来
街のレストランで友達と友達の家族と久しぶりに会う
言葉も喋らない赤ちゃんだった娘さんが早10才になっている
月日の立つのは早い
明日はせっちゃんと二人でフッセンまでの2泊3日旅行に出掛ける事にした。
ホテル代2人 150マルク 約7800円
4日目 | ローテンブルグ → フュッセン |
3日目 | フランクフルト → ヴュルツブルグ → ローテンブルグ |
朝 早くから起きてホテルを出てマルクス広場・聖ヤコブ教会・中世犯罪博物館・旧ローテンブルグ職工の家と
ツアー客に混じり日本語の説明を聞き、城壁のなかを見て廻った
最後に楽しみのケーテウォルファルト クリスマスショッピングモールで十分楽しみました
もっと買い物すればよかったといまは後悔しています
駅でフュッセンまでの時間を尋ねると印刷したものをくれて、3マルクとられる
いままでは駅ごとに簡単な無料の時間表があったのに
ローテンブルグを後にして一路フュッセンへ今度は3回の乗り換え、間違えないようにしないと
ブーフローの乗り換えのとき、列車番号は間違いないのに、後ろの車両に乗ったため、
切り離されて反対の方向に連れて行かれるところだった。
駅員さんは変なおばさんが乗り込んだので注意してみてたのでしょう
すぐにやってきて教えてくれ、間違うことなくよかった。
フュッセンに到着、まずは早いうちに宿探し、今日は風呂付きのホテルに泊まることにした
今日もよく歩いた、ああ疲れた。 ホテルの経営するレストランで夕食を食べ、ベッドに入りすぐに深い眠りについた
ホテル代2人 234マルク 約12200円
5日目 | フュッセン → フランクフルト |
ノイシュヴァンシュタインU世
1845年バイエルンの王子として生まれ厳しく教育されたが国民を代表者たる
王としての任務に対する教育はされないまま、18歳で国王となる。
身長191センチ 凛々しい美少年は
美しいものにあこがれ、美術・音楽・絵画・詩に興味を持ち、莫大な資金を美のために投じ、民衆を苦しめたのでは・・・
1861年 40歳 一生独身のまま、不明の死を遂げた
城の見学を終え急いバス停まで帰り、フランクフルトまでの時間・コースをミュウヘン経由にするかアウクスブルグにするか迷いながら、昼食のハンバーガーを取る。
フランクフルトまでの長い道程の列車に乗る。アウクスブルグからマンハイムまではICE(超特急)に乗ることが出来た
やっと フランクフルトに着き、友達に電話をする。
「あら遅いので今日は帰ってこないと思ってもうお酒飲んでしまったから、タクシーで帰っておいで」
「それがお金が電話代しか残ってないの」「大丈夫よ着払いなんだから」
あぁそうか着払いか。もうすっかり日は暮れているので少しこわいような気がしたので、女性の運転手を探した。
運良く若い女性が居たので、例のごとく住所を見せ行ってもらう。
またまた家が判らない、人のいいひとで料金メーターは上げてくれて探してくれた。
私の頼りない説明では判る筈が無い、タクシーから電話してもらい、ドイツ人の主人と話をし、ようやく判ったようだ。
主人が道路の脇で待っていてくれて やっとたどり着いた。友達の家に無事つき、初めて友達の家で泊まることが出来た。
明日からは友達と行動を共にする事にした。
岡山から今日まで無事でよかった (*^-゜)v♪ヤッタネ..V
1日目〜5日 6日目〜9日目