1995年7月21日

キューバのエコ革命

カーウッド リビング・オン・アースです。スチーブ・カーウッドです。キューバ革命は、この島国に厳しい政治と経済管理を持ち込みました…ですが、それはまた、ほとんど全国民に対し、教育と好ましい食事と福祉医療ももたらしました。ところが、キューバのパトロン、ソ連が1991年に崩壊したとき、こうして得られたもののすべてが脅かされました。キューバは、その石油、食料、産業投入資材のほとんどを失いました。ですが、キューバはまだその知的資本を備えていました。一人あたりではそれ以外のどのラテンアメリカ諸国よりも多い医師や科学者をです。そして、ここ数年、医療や農業のような分野で、持続可能でローカルな技術を用いて、より少ない輸入物資でやりくりする方法を探し求めることで対応しています。今日は、マルタ・ハニーさんがキューバの新たな「緑」の革命についての再放送シリーズの第2回目を行います。

ハニー 6歳の少年が、眉の上の深い切傷を医師が縫うのを大声でいやがっています。他の3人の大人たちが、手術台の上に横になった子どもをなぐさめようとしています。ここはピナル・デル・リオ州のラス・テラサス(Las Terrazas)の農村にある医療センターですが、このちょっとした手術に使われている医薬品や供給剤は、米国からの訪問者が持ってきたバンドエイドを除いて、すべてキューバ製なのです。

 キューバはその医薬品や医療資材のほとんどをソ連や東欧諸国から輸入してきました。全食料の63%、産業用の生原料の86%、石油の98%、その製造品の約75%をです。ソ連崩壊と米国の経済封鎖の強化は、キューバが国内資源へと立ち帰ることを強いました。その政策のひとつが、伝統的な家庭薬品を取戻すこととハーブ薬品の生産キャンペーンなのです。ラス・テラサスのロドバルド・ペドロソ(Rodobaldo Pedroso)博士は、31歳の医師ですが、こうしたいわゆる「緑の薬品」(green medicine)が、いまクリニックで重要だと言います。

ペドロソ 緑の薬品の大きな可能性についてはとても関心があります。私どものコミュニティには、薬用植物を熟知している高齢者のクラブがあります。また、薬用植物からこうした医薬品を作る新たなラボラトリーもあります。いま、キューバでは全需要の20%を緑の薬品が供給しています。

ハニー 50名の米国人のグループが、雨水で泥んこになった畑にレオナルド・ブランコ(Leonardo Blanco)技師の後に続いて入ってきます。ここは昼最中の、ピナル・デル・リオ大学の薬草研究所です。

ブランコ ここキューバでは、いま薬用作物の植付け時期がはじまっています。農薬は使いませんし、どんな非有機的な肥料も使いません。あなたも知っているように、こうしたものはみな健康に影響をおよぼすからです。私たちは、薬草を研究しています。人間を危険にさらす化学物質の施用には注意深くなる必要があるのです。この作物は、フレンチ・オルガノと呼ばれ、子どもの咳を直すのにたくさん使われています。その向こうには、tilo種がありますが、それには鎮痛作用があります。この州特有のもので神経をなだめるのです。

ハニー キューバは安全で、効果的で廉価な医薬品に使える50以上もの作物を特定しています。ですが、キューバでは、まだ以前に輸入されていた約300もの医薬品の不足が深刻ですし、それらは、まだ製造できていません。リストのトップには、ペニシリン、サルファ剤をはじめとした抗生物質や子どもに最も必要な寄生虫用の薬品です。

 キューバの人々は、革命以来最悪のこの経済危機のことをスペシャル・ピリオドと呼んでいます。「危機」という漢字の言葉のように、キューバ人たちは、スペシャル・ピリオドには、危険とチャンスの両要素が含まれているのだ、と言いますが、大変な困難があります。おそらく最も深刻なのは食料不足です。一人あたりのカロリー摂取量は30%も低下したと評価されています。こうした困難に直面する中、何千人ものキューバ人たちが島から脱けだそうと試み、ほとんど全員が不平不満を口にしています。ですが、弾力性と決断の強い潮流もまたあるのです。スペシャル・ピリオドは官僚制度の改革と草の根の発明を促しています。日常生活は傾いていますが、ある最前線では、それは健康的で環境にも優しいのです。人々は歩いたり自転車に乗っています。ハバナでは自転車の数が25倍も増え80万台以上となっています。都市のあちらこちらで、キューバの労働者たちは、小さな菜園に作付けをしています。人々は豚肉を少ししか食べず、多くの果物や野菜を食べ、トラクターの代わりに牛で畑を耕し、化学肥料や農薬の代わりに有機農業を活用し、ほとんど何もかもがリサイクルされているのです。農畜産廃棄物は、肥料やバイオガスに転換されています。

 キューバの西部にあるこのピナル・デル・リオ州のタバコ生産協同組合の子どもたちには、経済危機で苦しんでいる様子は見られません。彼らは綺麗な衣装を着ていて、とても活発で、健康的でよく栄養がゆき届いているように見えます。

ロドリゴ 困難な状況ではありますが、私どもはタバコ生産を維持・向上させ、自分のための食料生産も増やしています。

ハニー 農業技術者のエドアルド・ロドリゴ(Eduardo Rodrigo)氏は、生産協同組合が、環境への影響が少ない農法をたくさん取り入れていると言います。

ロドリゴ 不足した化学肥料、燃料、スペア・パーツ、機械の埋め合わせとなるオルターナティブを探し求めることに、私たちはとても多くの能力を使いました。生産協同組合は、有機肥料の利用法とミミズを使って堆肥を生産するやり方を開発したのです。

ハニー 椰子の木立の中はミミズ農場です。ここは、スペシャル・ピリオドの間にキューバがはじめた172のそうしたセンターの一つで、ミミズや厩肥と生ゴミを使って有機肥料を生産しています。それは、バーミカルチャー(vermiculture)として知られていますが、この作業を行っているグループが、こうした技術を通じて普通の土を豊かな腐植へと転換できると説明します。

(数人がスペイン語で話す)

 我々はすでに25,000トンのミミズ堆肥を4年間で作っています。これが、以前に国が輸入していて、もはや手に入れられなくなった窒素肥料の代替品なのです。堆肥のほとんどは、タバコ、ジャガイモ、その他の根菜類、タマネギ、ニンニクに使われています。

ハニー 少し離れたところには大きな鉄の機械施設があります。鉄のベルトコンベアーとサイロで、そこはそのすべてがキューバの技術で建てられた最初の精糖工場なのです。ちょっと脇に離れると、なにか別の音がします。

(アヒルの鳴き声)

 これは経済危機に対して工場が行った技術的なイノベーションなのです。砂糖ではなく肉を生産しています。池にはたくさんの魚が準備されています。そして、塀で囲まれた中で、アヒルや何十もの豚小屋があります。技術者アントニオ・バルディ(Antonio Valdi)氏は、このシステムは、各部分が他の部分を養う助けになっていると言います。そして、工場の450名の労働者たちを養うのに十分な肉を提供しているのです。 バルディ氏は、それがどう機能するのかを説明します。豚は工場からのサトウキビ廃棄物と豚糞の中で育つ蛋白質が豊富な蝿の幼虫を含む特別の混合物で養われているのです。

(豚の鳴き声)

 この豚糞がまた池に入れられ、そこで藻を生産します。魚は糞と藻の両方を食べるのです。そのかわりにアヒルは池から餌をもらいます。そして、循環を達成することで、沼は、サトウキビ畑の灌漑に使えるよう水質浄化の助けになっているのです。 バルディ氏は、それが共生のプロセスだと言います。そこでは様々な生物種が共生しており、その周囲の生態系を変化させないのです。これはキューバ中にある多くのプロジェクトのひとつです。それらは、食料生産の一助とするため、手に入るありとあらゆる資源を使おうというキューバのキャンペーンの一部です。キューバの旧式の生産モデル、とりわけその大規模な化学集約的で、輸入資材に依存した農業部門は突然に痛み持って死に絶えたのです。緑の薬品、ミミズ堆肥、総合的な食料生産といった新たな手法への転換を政府が速やかに実施しなかったのならば、経済や社会危機はもっと深刻だっただろうと専門家は言っています。経済的な必要性がこうした変革を引き起こしはしましたが、多くのキューバ人は、それらを好んでいると言います。経済の落ち込みは止まったようにも思えます。そして、キューバの人民は、米国の経済封鎖とスペシャル・ピリオドが終る日が来ることを待ち望んでいるのです。

(子どもたちの話し声)

 彼らは、子どもたちの未来は明るいだろうとの希望を持っています。未来はまだ不透明ですし、政府は新たな社会経済モデルを明瞭にしていません。ですが、もし改革が正しく、秩序を持って続くのであれば、こうした環境に優しい多くのイノベーションが新しいキューバの中で完全に統合化されると専門家は予想することでしょう。リビング・オン・アースさんへ。キューバ、ピナル・デル・リオ州からマルタ・ハニーでした。

カーウッド 今、まだキューバの暮らしむきは傾いてはいますが、キューバの福祉医療と教育制度は、まだラテンアメリカで最高だと考えられています。

(ラジオ・リビング・オン・アースより)
 Cuba green Revolution,1995.サイト消滅

Cuba organic agriculture HomePage 2006 (C) All right reserved Taro Yoshida