「ねえ、みて。このレタスとフダンソウ、とても新鮮でしょう」。
コンスエロ・フェルナンデス(Consuelo Fernandez)さん(60)は、野菜スタンドの脇を通り過ぎる友人に、抱えたバックを空けて見せ、そう口にする。コンスエロさんは、この野菜スタンドに週3回はやってくる。コンスエロさんの頭上の食品が積み重ねられた棚の合間にはこんな小さな文字が書いてある。
「菜園からあなたの食卓へ....有機農産物」。化学肥料も農薬も使わず、汚染されない水で栽培されているのだ。消費者は、また書かれた別の文字も目にする。
「国連食料農業機関(FAO)は、健康にとって必要なビタミンとミネラルを採るため、一人日量300グラムの生鮮野菜を消費することを薦めています」
1990年代初頭から、キューバは経済危機い陥り、その中で生じた食料不足に対応するため、都市農業が誕生したのだが、それは生鮮農産物の供給源として、キューバ諸都市で年々その面積を増やしている。220万都市、ハバナでも都市農業活動は、現在3万人もの新たな雇用を生み出している。そして、何万人もの都市住民が、居住地の近隣で生産される目に見える有機農産物を購入することを望んでいるのだ。
この数年というもの住宅地のありとあらゆる場所で菜園が生まれつつある。― 空き地、テラス、ビルに囲まれた狭い土地、庭、そして、筒やコンテナの中でさえもだ。個人消費をしたり、近隣の農民市場で売るために、都市内の内庭では小家畜や乳牛の飼育さえ増えているのである。公式資料によれば、都市菜園の数は、国全体では1997年の2,514から1999年末には7,076にまで増えている。ハバナにも840の菜園があり、2年前の1998年に比べれば倍になった。だが、キューバの農学者たちは「首都にはもっとたくさん空地がある」と強調する。ハバナの他地域への食料依存度を減らすため、遊休地が利用されなければならないのだ。農業省もそうだが、州政府や市政府の役人たちも委員会を立ち上げ、都市農業の開発計画を担当している。経済危機と、その結果としての食料、燃料、輸送手段が不足したこと。そして、市街地に人口が集中していたことで、政府は、コストがかからずに食料生産や市場流通ができる都市農業という形態を重視することいなったのだ。
ラウル・カストロは、実兄のフィデル・カストロ国家評議会議長に次いで、キューバ社会主義政権では二番目に影響力を持つ国防省の大臣だが、個人的にではあるが、キューバ人民にこう主張している。
「国中で都市農業をまとめあげ、強化せよ。都市や都市郊外には遊休地がないようにせよ。そして、農民たちの農産物を適切な体制と結びつけ、人民に簡単に売れるようにせよ」。
2000年の始めに、政府の広報媒体にラウルはこんなメッセージを寄せたのだ。ラウルは、食料生産の持つ戦略性を重視し、「スペシャル・ピリオド」の最悪時にも「豆は、トラックよりも多くの価値がある」と宣言している。スペシャル・ピリオドとは、ソ連や東欧社会主義圏の消滅に引き続いて生じた1990年代に始まった不況の公式的な婉曲表現である。
現在、野菜、コメ、コーヒー、果物、乳牛、豚、鶏、ウサギ、その他の家畜を生産するため、持続可能で自然に優しい農法を用いる23プロジェクトを含むハバナ都市農業計画も作られているし、養殖も推進されているし、堆肥で有機肥料を作り出す計画もある。1999年には150万キンタールの野菜と250万キンタール(100
kgs)の豆と果樹が生産された。2000年には計310万キンタールの野菜、豆、果樹と910万リットルの牛乳を生産するよう計画されている。平方メートルあたり15キロの生産水準を達成すれば、各キューバ人が消費する日量300グラムの生鮮野菜と70グラムの動物性タンパク質を満たすのに十分な食料が提供できる。そう政府は考えている。
国際機関も、食料確保の改善や都市内での食料市場システムを改善するうえで、政府が、都市農業や都市近郊農業を推進することを推奨している。国連の統計数値によれば、世界の都市人口は年間に6000万人のペースで増加しており、ラテンアメリカではすでに住民の大半が都市に居住している。都市住民、とりわけ貧しい人々の栄養需要を満たすことは難しく、この難題に取り組むことは、今後さらに困難になる。専門家たちは、そう予測している。
100万人を超える人口を抱える都市は世界には200あるが、ハバナもその一つで、1996年現在、キューバの1100万人のうち820万人は都市地域に居住している。
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