1992年11月


 33年にわたる米国の経済封鎖とソ連圏との良好な貿易関係の崩壊という両面で苦しめられているにも関わらず、環境保護を骨抜きにしがちな貧困諸国の世界的な傾向とはキューバはかけ離れている。カストロが権力を掌握して以来、キューバは厳しい経済危機で苦境に陥っているが、キューバの国会議員たちは、1992年に憲法に環境保護を盛り込み、政府はキューバのエコロジーを保護を目的とした一連の制度を立法化した。

 にもかかわらず、環境を保全することによる長期的なメリットと、島の資源を開発することで短期的に経済的な利益をあげ、確実に生き残ることへの誘惑との衝突が、キューバにきわめて難しい選択を提示している。

■森林保護

 キューバが最も早く環境保護で取り組んだ努力は、森林破壊地域の回復である。1959年には森林は国土面積の14%まで減少していたが、キューバは、優れた森林再生手段を用い、その森林面積を4%以上増加させている。伐採という旧式のやり方を終わらせ、モノカルチャー作物への依存度も減らした。新たな植林の55%は保護地域のためであり、45%は材木や薬剤・塗料に使用する油生産を含めた商業目的である。

 果樹との混植が一般的なやり方となり、例えば、急成長するカリブ松とあわせてよくマンゴーの木が植えられた。キューバの人々は、高速道路にそった植樹計画に積極的に参加しており、それには学校その他の機関、コミュニティ等、国民の半分以上がプロジェクトに含まれている。

 シエラ・マエストラ国立公園の南岸にあるサパタ湿地は、保護地域内にあり、現在、国立公園は10万haをカバーしている。森林保護の度合は場所により様々だが、バイオリザーブは最強のものである。バイオリザーブは、森林地域の約15%を含み、主には科学研究のために用いられている。それ以外の地域はそれほど保護されておらず、材木伐採やレクリエーション用に活用されている。

 しかし、経済危機は、森林やキューバの森林保護に対して新たな圧力となっており、森林再生政策は、まもなく道端に放り捨てられてしまうかもしれない。例えば、石油不足が、交通研究所を鉄道を動かすために薪を使う研究へと拍車をかけている。だが、コマルナ(環境と天然資源保護のための国家委員会)のエレニオ・フェレ(Helenio Ferre)副委員長は「キューバはエネルギー需要のため、早く成長し、良く燃える樹木を伐採しているのであり、それは、かけがえのない樹木ではない」と発言している。

石油へのオルターナティブ

 旧社会主義諸国との貿易量は深刻に落ち込んで以来、過去数年間でキューバの年間石油輸入量は1300万トンから600万トンに落ち込んだ。このソ連からの製油が減ったことで、キューバは緊急的にエネルギー保存計画を法制度化することを強いられた。政府は、国を年間400万トンの石油で運営する計画を立てたのだ。しかし、政府の官僚は、エネルギー備蓄や、バイオマス、小規模水力、ソーラー・プロジェクトを単なる緊急的な手段としてではなく、国内エネルギー生産の永続的な改革と見ている。

 最も目につくエネルギー節約の姿は、ありとあらゆるところにある自転車だ。いま、ハバナだけで80万台の自転車があり、そのほとんどが中国から購入されたものである。キューバはまもなく自転車を国産できるようになるが、自転車は将来的にもローカル交通の主な形態として期待されている。

 キューバのエネルギー供給量の約30%は、現在バイオマス由来のものとなっている。国内にある160の精糖工場のうち、104は砂糖生産の副産物であるバガスにより完全に稼動している。それに加えて、廃棄繊維は、紙やその他の製品を産み出すのに使われている。しかし、こうした加工は、伝統的に重要な肥料として役立ってきた収穫残渣を畑から奪ってしまうことになる。農民たちは、農業排水を再利用し、畑にそれを還元することで、この問題を一部は解決している。そして、農業部門も家畜糞を多く使うようにしている。

 水力エネルギー源は限られているが、小規模な水力プロジェクトが、ドイツの教会系団体の援助で建設され、山岳地の孤立したいくつかのコミュニティに電力を供給している。

 ソーラー・エネルギーはわずかしか備っていないが、キューバには豊かな日光があり、ソーラー産業を発展させることが可能である。石油不足により、いま、政府はサンティアゴ・デ・クーバにソーラー研究所を創設している。この研究所は、さしあたり、水の暖房といった小規模プロジェクトに従事している。

 だが、残念なことに、キューバは非再生エネルギーの開発も続けている。それは、原発の建設であり、ヨーロッパ企業とのジョイント・プロジェクトでの大陸棚の石油開発の実施である。

 核エネルギーが安全であるとの幻想は、キューバが、チェルノブイリの原発事故で影響を被った子どもたちを治療するためキューバに連れてきてから、 打ち砕かれてしまっている。だが、石油危機によって引き起こされた状況があまりに深刻であるため、政府は原発計画をなんとか推進させようとしている。

 ハバナ大学の国際関係学のホアン・アントニオ・ブランコ(Juan Antonio Blanco)教授は、キューバの核エネルギーへの依存に対してこう述べている。

「まるで癌患者に対する化学療法のようなものです。たとえ、生き残びても、リスクを負います」

■農薬の値段

 森林やエネルギー政策の事例で記述したように、経済危機は、多様な環境問題と交錯している。ある分野では、それは環境政策を強化させている。

 例えば、経済危機で、キューバの大規模・中央的な農業システムでの農薬や化学肥料の集約的な使用は終わることになった。国際市場から化学農薬や肥料を購入する資金不足が、有機農業への急転換をもたらしたのだ。農民たちは、農薬を生物的な防除に代換し、化学肥料を削減する計画も立てられている。フェラー氏によれば、化学製品を段階的に削減し、究極的には完全排除することが目標である。

 農民たちは、より伝統的で持続可能な農法に戻っている。以前は家畜をトラクターに転換することが推進されたが、それが逆転している。キューバの食料自給に向けた努力の一貫として酪農場が確立され、農民たちは、バイオガス生産用に厩肥を使ったり、家畜の飼料のかわりにミミズを養殖して使うといった新農法も実験している。

 キューバでのリサイクルは、米国とは劇的に対照的である。米国では、地方自治体のリサイクルは、たいがい埋め立て処分地がなくなるという直接的な結果からだけ起こり、公共意識の高まりからそれが強化されているが、収集されたリサイクル物への産業需要が不足していることから、それが台無しになっている。キューバでは、リサイクルシステムが格段によく組織化されており、ほとんど完全である。いま、人々は、役立つ資源であれば何でもゴミから再利用している。バナナ皮から歯みがきのキャップまで、可能なすべてが再利用されている。

 だが、それ以外の多くの場合、経済危機は、環境プログラムを立法化する政府の力に制限を加え、環境的にもリスクが高い経済政策を実施させることにつながっている。

 外貨獲得のための手段として、キューバは観光業の確立に向け努力しているが、それが多くの環境危機を引き起こしている。しかし、いくつか痛い教訓を得た後、いまでは政府はそれらを緩和するべく慎重に働いている。

 例えば、北海岸の沖合にある岩礁では、観光開発の一環として歩道が建設されたが、それは、フロリダ海峡の海水循環をさまたげ、結果として魚の生息地を破壊し、マングローブ樹を枯らしたのだった。だが、この歩道問題が生じると、政府はすばやく対応した。その大部分を取り除き、橋梁に置き換えたのである。

 現在、学際的なチームが、岩礁の環境の健全さを損なうことない開発量を決定するための基礎研究を行っている。こうした研究は、建設中のホテルや許可されるそれ以外の観光施設の建設のタイプや範囲を決定することだろう。

 政府は、汚染されたハバナ湾を浄化するため働いており、汚染責任を取らせるため工業の経営者たちを取り締まっている。例えば、政府は、港に廃棄物を投棄していた肥料プラントの経営者にそのやり方を変えるよう命じた。命令に応ずることができなかった後、彼らは怠慢であるとの責任を負い、現在投獄されている。

 だが、こうした政府の浄化に向けた努力も、1902年に建設されたハバナ市の下水処理システムを大規模に分解修理する資金が不足することで滞っている。とはいえ、その問題は、新たなシステムのもと建設された新たな都市開発地域では、さほど深刻ではない。最も先進的なシステムは現在建設中のもので、ラス・アルボレダス(Las Arboledas)と称されている住宅プロジェクトである。下水の最終処理物は、水となり、いまではキューバの都市景観の特徴となった個人菜園やコミュニティ菜園の潅漑揚水として有効である。そして、汚泥も菜園の肥料源として安全である。建築家ガブリエラ・ゴンサレス(Gabriela Gonzalez)氏は、汚泥使用に対しては文化的な障害があることを認めるが、氏は教育と経験によってそれが克服されることを期待している。

■環境意識

 キューバの環境政策が将来的にどうなるかは確実ではないある。現在の政府の環境政策やとほうもない経済的圧力を耐え抜いている感性が、将来的にも、続くかどうかも難しく判断できない。とはいえ、教養高きキューバの人たちの環境意識の高まりや、キューバ人たちが、国土、水、山について、名前でそれを呼ぶのと同じほど良く「島」について話すというアイデンティティがあることは、政府が新たに環境的持続可能性を強調することの助けとなるだろう。

■地球温暖化

 キューバの人々は、地球温暖化の見通しや温室効果について本気で言及したリオ地球サミットの失敗を深刻に意識している。キューバは、とりわけ海面の上昇に脆弱である。海面がごくわずか上昇しただけでサパタ湿地が埋没するとキューバの陸地面積は15~25%も減ってしまう。

 地理研究所の科学者たちは、地球温暖化についてのほとんど研究が、工業化された温暖地域の諸国でなされていると指摘する。カリブ海、中米と南北アメリカまで拡張された自然環境の国際的モニター局の必要性を指摘する。キューバには、既に68の気象モニタリングネットワークと環境科学ステーションがあり、こうした地球的に重要な科学的な仕事に参加するには好ましい位置にある。だが、それにはさらに国際的な支援が必要である。 


 Virginia Warner Brodine,Environment Green Cuba,1992.

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