2006年4月27日

コミュニティの力で石油危機を克服

 
 「世界の石油備蓄量がまもなくそのピークに達し、その後は減少しはじめることを学ぶと、たいがい人々は気がめいってしまいます。原油供給が不足し始めるときに石油に依存した世界が直面するであろう激動に絶望的になる人もいます。ですが、人々は絶望してはならないのです。そうではなく、ピーク・オイルをすでに経験し、通り抜けた小さな島国家の事例に付き従うことができます。それは世界への教訓なのです」
ドキュメンタリー番組を撮影中のフェイス・モーガンさんとパット・マーフィ氏。2004年のハバナにて

そう、語るのは、コミュニティ・ソリューション(The Community Solution)の代表専務理事、パット・マーフィー(Pat Murphy)氏だ。その国とはキューバである。最近、コミュニティ・ソリューションは、「コミュニティのパワー、いかにしてキューバはピーク・オイルを生き残りしか(The Power of Community – How Cuba Survived Peak Oil)」というドキュメンタリー番組を完成させた。

 「人々は、ピーク・オイルのことをひどく懸念し、いかに化石燃料から解き放たれるかについての明確な解決策を目にしていません。ですが、ここで、その国はそれをなしとげ、より良い社会をもたらしたのです」

 そう、マーフィー氏は語る。

「コミュニティのパワー」は、今週末にニューヨークで、そして翌週にはワシントンで開催される約700人のピーク・オイル会議で上映され、5月にはコロラド州のボールダー(Boulder)で500人に上映され、コロラド州Tellurideのドキュメンタリー映画フェスティバルでも上映されるだろう。いま、コミュニティ・ソリューションは、460の番組の注文待ちだ。イエロー・スプリング(Yellow Springs)では、5月14日(日)の午後5時にリトル・アート・シアターで上映されるだろう。

 「この映画への大きな反響は、ピーク・オイルを懸念している人々がメッセージに飢えている証です。キューバの映像は希望、私たちが今できることがあることがあることを示しています」コミュニティ・ソリューションのディレクター、メガン・クイン(Megan Quinn)さんはそう語る。

■フィルム制作の契機となったキューバへの旅

 「コミュニティのパワー」は、マーフィー氏とクインさん、そして、コミュニティ・ソリューションの理事で、映像を制作したフェイス・モーガンさんのキューバへの10日間の旅の成果である。そのグループには「The End of Suburbia」を制作した、映写技師のグレッグ・グリーン(Greg Greene)とその兄弟である、写真家のジョン・モーガン(John Morgan)もいた。

 2004年の秋の訪問中、グループはキューバのパーマカルチャーの実践家や自然保護家、農民、そして市民との60時間の会話を撮影した。その旅はフェイス・モーガンさんとマーフィー氏にとっては、三度目のキューバへの旅で、二人は、耳にしたコミュニティに根ざしたキューバのピーク・オイルへの対応を目にしたいと思っていた。

 コミュニティ・ソリューションは、イエロー・スピリングス(Yellow Springs)にあるNPOで、ここ数年、ピーク・オイルと予期されるエネルギー危機に対し、コミュニティに根ざした解決策を人々に知らせることをミッションとしてきた。団体は、2004年秋の第一回ピーク・オイル、そして、2005年秋の第二回会議を後援した。

 コミュニティ・ソリューションは、以前はCommunity Service Inc.として知られ、モーガンの祖父、元アンティオク・カレッジの学長、アーサー・モーガン(Arthur Morgan) により設立された団体で、1940年代から小規模なコミュニティづくりを推進してきた。

 モーガンさんは、キューバへの旅で「キューバの人々の暖かさやバイタリティーに感動した」と語る。そして、想像だにしなかった民主主義の水準も目にし驚かされた。キューバでは、中央政府の代議士は、まず地区選挙で選ばれた候補にならなければならないのである。

 マーフィーさんとモーガン氏は、「都市の通りは自由に散策でき、軍人もおらず、キューバ市民は心を打ち明けることを切望しているように見えました」と語る。グループは、キューバの石油危機への対応が草の根の努力であることがわかった。

 「私たちがキューバから得られる最も重要なことは、エネルギー危機の解決策が政府レベルにあるのではなく、コミュニティ内の個々人の活動にあるということです。解決策は、新たなエネルギー源を見出すことについてではなく、私たちのライフスタイルを変えることにあります」

 そうクインさんは語る。

■キューバのエネルギー危機

 キューバでは、1990年代前半のソ連崩壊により、スペシャル・ピリオドとして知られるエネルギー危機に陥った。キューバは突然、その輸出入市場の80%を失い、GDPは3分の1も落ち込んだ。クインさんはパーマカルチャー活動家マガジン(The Permaculture Activist magazine)の2006年3月号に書いた記事からそう述べる。

 キューバのエコノミスト、ホルヘ・マリオ(Jorge Mario)は、「コミュニティのパワー」の中で、キューバ人民への影響は劇的だったと語っている。

「それは、突然に飛行機がエンジンをなくしたことをイメージしてみてください。それは本当にクラッシュでした」

 キューバの電力は石油による火力発電だったから、人々はしょっちゅう停電を経験し、それは1日16時間まで及んだ。

「都市では、バスは走行を停止し、発電所も止まり、工場は墓場のように静かになった。走ることを止め、り、電気を発生させるのが止められたジェネレータを止めて、工場が墓地として静かになった。その日の十分な食料を手に入れることが、ほとんどではないにしても、多くのキューバ人のなによりの活動となった」

 クインさんは、オクスファムのキューバ・リポートを引用する。クインさんによれば、キューバ人たちは食料不足で平均9㎏痩せたという。食料不足は、化石燃料に基づく大規模農業の崩壊とともに、引き続く米国のキューバに対する経済封鎖で悪化した。

■危機への草の根の対応

 この危機に応じて、キューバの都市住民たちは、見つけ出せるどんな空間でも野菜を植え始めた。その結果は、今では国中に広まる都市農業運動であり、菜園は屋根の上やパティオでも栄えている。キューバは食料を輸送する化石燃料を不足のため、必要とされる多くが都市内で生産されており、クリンさんの記事によれば、現在のハバナの野菜の50%は都市菜園からもたらされている。

 農村では、石油化学製品に基づく集約農業に背を向け、バイオ農薬やバイオ肥料を用い、有機農業に力を入れている。農民たちもほ場で牛を使うように戻り、必要を動物エネルギーに変えた。

 「キューバ人たちは、パーマカルチャー技術を学び、以前には欠いていた持続可能な農法を今では手にしています」と、自然の人間財団のロベルト・サンチェス(Roberto Sanchez)は「コミュニティのパワー」の中で語っている。

 「私たちは、自然なサイクルに従う必要があります。そうすれば、自然に逆らって働くのではなく、あなたのために働くよう自然を雇うことになります。ですが、自然に逆らって働けば、多量のエネルギーを浪費しなければなりません」

 同じく、キューバでは、その交通手段も抜本的に転換した。多くの都市住民は、働きに行くのにバイクに乗るか、歩くか、相乗りしている。クインさんによれば、今日でさえ、政府職員が、空席がある自動車を都市の通りで止め、乗車を必要としている人々を詰め込んでいる。

 キューバは明らかに貧しい国で、その年間GDPは3,000ドルにすぎない。だが、クリンさんの記事によれば、健康な国であり、国民一人当たりの医師数は米国の倍である。スペシャル・ピリオドの間も、キューバは、その高い健康水準を維持し、今では平均寿命は米国と同じで、乳幼児死亡率は米国よりも高い。

「意図したものではありませんでしたが、スペシャル・ピリオドは、ある意味では人々を健康にしました。キューバ人たちは依然よりも新鮮な果物や野菜をたくさん食べるようになったのです。以前には、キューバの人々はそれほど野菜をたくさんは口にせず、米、豆と豚肉が基本食でした」

 そう、サンチェス氏はドキュメンタリーの中で語る。

 「必要性が彼らを教えました。今、彼らは野菜を求めています」

 マーフィー氏はこう述べる。

 「キューバ人から米国人が学べるメッセージは、米国人の8分の1のエネルギーを使って、健康で幸せな生活を満ち足りて送っていることなのです」

■フィルムづくりの努力

 60時間に及ぶインタビューを53分のドキュメンタリー「コミュニティのパワー」の形にするため、苦労したのはモーガンさんだった。モーガンさんは、画家、彫刻家、陶芸家、作家であり、イエロー・スプリングで育ち、マーフィーと連れ添いカリフォルニアからここに戻ったが、以前に映画を一度も制作したことがなかった。だが、彼女は、キューバへの旅で制作動機を持ったと語る。

 「キューバでかけた一回目から、何が起きたのかを人々が見れるよう記録する動機を感じたんです」

 モーガンさんは、イエロー・スプリングの映画編集者、エリック・ジョンソン(Eric Johnson)氏と協働したが、ジョンソン氏は、昨年の春から数カ月フィルム制作にかかりきりになった。氏と協力して、モーガンさんがシナリオを書き、番組の大枠を作ったのである。フェイス・モーガンさんは、コミュニティ・ソリューションを管理し、母であるジェーン・モーガン(Jane Morgan)の世話もやいていたが、人々が番組の完成を待っていることを強く意識していた。

 「フィルム制作は大変で、人生をかけました」

 2005年12月には、最終的にコミュニティ・ソリューションの事務所に入ることも止め、番組制作にだけかかりきりになった。ジョンソン氏との協力に加えて、物語をまとめる最良の方法を見出そうとフィルムのスクリプトを壁に貼り、その孤独な仕事は多くは深夜にまでかかわった。翌日には、彼女はマーフィー氏やクインさんとジョンソン氏にアイデアを出し、創造的なチームワークが続いた。

 「ジョンソン氏は何時間も献身してくれました」とモーガンさんは語るが、彼女自身はその時間のすべてをささげた。また、モーガンさんはイエロー・スプリングで副プロデューサー、トム・ブレシング(Tom Blessing)やデザイナー、ボブ・ビンゲンヘイマー(Bob Bingenheimer)、アニメータ、マーク・セイマー(Marc Seimer)からも助けを受けた。そして、最終的な編集では映画制作者ジム・クライン(Jim Klein)が相談に乗った。

 「それはコミュニティの努力でした」とモーガンさんは言う。

 今、「コミュニティのパワー」は完成し、世に出た。制作者たちが望んでいるのは、キューバからの教訓のメッセージやピーク・オイルへの話題が広まり、来るべき危機への解決策を人々が見出す一助にフィルムがなることだ。

 クインさんは言う。

 「もし、人々が絶望すれば、アイデアを思いつくのは困難です。ですが、人々が希望を感じれば、解決策を見出すための創造性が開けるのです」

(Yellow Springs NewsのHPより)
  Diane Chiddister, Film shows many ways Cuba reacted to peak oil crisis, Yellow Springs News, April 27, 2006..

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