2006年夏


 ピーク・オイルがまもなくやってくることは、もはや疑いがない。問題は、それがいつか、というだけだ。私たちが慣れ親しんでいるグローバルな食料システムは、廉価なエネルギーや長距離輸送に決定的に依存している。米国で消費される食料は平均約2200㎞も旅している。ピーク・オイルは避けられない飢餓を意味するのだろうか。ふたつの国が、それをプレビューしてくれている。その物語はまったく異なる。ひとつが飢餓なら、もうひとつは十分な食料がある。それは、警告やモデルとして役立つ。

 北朝鮮とキューバは、旧ソ連圏の崩壊とキューバに対する経済封鎖の強化によって、ピーク・オイルのシナリオをいち早く、かつ、突然に経験してしまった。その全く異なるアウトカムの一部は幸運によるものだ。北朝鮮の厳しい冬では致命的となる食料供給量でもキューバの気候では、生き残ることができる。だが、抜本的な理由の多くは政策だ。北朝鮮が、可能な限り産業的な農業を実施しようとした一方で、キューバは持続的な農業と自給に向けた政策を率先して導入したのだ。

 北朝鮮の1990年代の飢餓は、近年まで理解されなかった災害のひとつで、一般的にはキム・ジョンイル政権の失策に起因する。その議論は単純で、政府がすべてをコントロールしたから、それが穀物凶作の原因となったに違いない、というものである。だが、こうしたイデオロギー非難は、抜本的な問題の多くを隠している。つまり、工業的な化学農業の失敗である。つまり、ピーク・オイルがやってくれば、それ以外の多くの諸国も同様の災害を経験するかもしれないのだ。

 北朝鮮は、輸入された技術、機械、石油、化学肥料、農薬に依存したうえ、緑の革命をモデルにその農業を発展させてきた。土壌の締め固めや劣化の兆候はあったものの、工業的な農業モデルは人民に十分な食料を供給してきた。その後、1989年に突然のソ連圏の崩壊がやってくる。石油、農業機械、肥料と農薬の供給は著しく落ちこみ、これが、引き続く飢饉に大きく寄与した。1998年11月のFAOと世界食料プログラムの共同調査レポートはこう観察している。

 北朝鮮の農業は、高度に機械化されており、深刻な制約に直面した。農業機械と施設の約5分の4が、老朽化と予備部品や燃料不足で使われていない。事実、トラックが利用できないため、収穫された米が、ほ場に山として長く放置されているのが目にされた」

 北朝鮮は危機に応じた改革に失敗した。現状にこだわることで、今日まで引き続く食料不足を促進してしまった。同様の問題にはキューバも直面したが、いくつかの点で、キューバにおいてさらに困難が大きかった。北朝鮮は1989年以前に穀物生産で自給していたが、キューバは、その農業、とりわけ、国営農場セクターが輸出用の砂糖生産に特化していたため、その食料の57%を輸入していたのだ。

 ソ連崩壊と米国の経済封鎖が強化された後、キューバはその貿易量の85%を失い、化石燃料に基づく農業投入資材は、50%以上も落ち込んだ。生じた食料危機のピークでは、一人当たりの日食料配給量は、いくつかの場所ではたったバナナ1本とパン2枚だけだった。キューバは、これに国をあげて農業をリストラする努力で応じた。

 キューバ農業は、いま、有機農業、パーマカルチャー、都市菜園、畜動力、バイオ肥料とバイオ病害虫管理の多様な組み合わせからなっている。おそらくいまキューバには、全国レベルで、世界で最もエコロジカルで、社会的にセンシティブな農業がある。1999年には、こうした進歩により、オルターナティブ・ノーベル賞として知られているスウェーデン議会のライト・ライブリーフッド・ノーベル賞がキューバに授与されている。

 1990年の危機以前からも、キューバの科学者たちは、化学投入資材の代替としてバイオ農薬やバイオ肥料を開発し始めていた。その皮切りは1970年代エネルギー危機と集約的な化学資材使用の悪影響に応じたものだった。キューバ人たちは、初期のバイオ資材の実験に基づき、二段階のプログラムを立てた。第一段階では、小規模の地元生産用の技術を開発し、第二段階では、準工業と工業技術の開発を目指した。この基礎が、1990年の危機に対して、農薬の代替物を急速に進展させることを可能にした。1991年以降、各地域の特性に応じた技術と資源を用いたバイオ資材を生産するため280のセンターが設立されたのだ。

 いくつかの代替技術は、最初はただ化学投入資材を置き換えるために開発されたものだった。だが、今ではよりホーリスティックなアグロエコロジーの一部をなしている。科学者や農民たちは、高投入型のモノカルチャーのバランスの歪みを認識しており、全システムを転換している。緑の革命の解決策のすべてをひとつの規格に適合させるのとは対照的に、アグロエコロジーは地元条件に農業を合致させる。相互に有益な作物や地元に適した種子を導入し、地形、土壌条件を有利に活用し、土壌を劣化させずに維持する、複雑なアグロエコシステムを設計するのだ。

 アグロエコロジーは、環境科学、経済学、農学、倫理学、社会学と人類学の知識を用い、伝統的な訓練の壁を溶かし、システマティックなアプローチを取る。それは、実践を通じて学ぶことを重視し、トレーニング・プログラムの時間の50%を実施作業にあてている。参加型の方法を広く活用することが、アグロエコロジーの知識を流布、創出、かつ普及するうえで大いに助けとなっている。要するに、農業の研究と教育プロセスも同じくより有機的になったのだ。

 重要なのは制度改革が転換を緩和したことだ。新たな労働集約型の地元手法のメリットを活用するため、大規模国営農場ははるかに小規模な農民協同組合に再編された。農場労働者から熟練した農民へと生まれ変わることは一晩ではできず、多くの新たに設立された協同組合は、持続可能な管理面で確立された組合よりも遅れてはいる。とはいえ、彼らが追いつくことを支援するプログラムが随所にある。

 キューバのエコ化で極めて重要な役割を果たしたのは、キューバの研究と教育システムだった。人間の開発に重点をおいたことが、文盲を根絶した。高校卒の学歴を持つ労働者の割合は、ラテンアメリカで最も高い。この高度に教育を受けた人民が、より知識集約型の持続可能農業のモデルへの転換を準備したのだ。

 1970年代と1980年代には、ほとんどの農業教育が緑の革命技術に基づいていた。だが、1990年の危機で化学投入資材、機械類と石油がない中、多くの農業専門家たちは無力感を味わった。これに応じ、農科大学は、アグロエコロジーのトレーニングのコースを導入する。新たな研究や農村での教育ニーズを支援するためナショナル・センターが創設された。今では、農民たちのためにコース、ミーティング、ワークショップ、フィールド・デー、対談や経験のわかちあいが、組織されている。有機農業の伝統的な農法には小規模な農民や協同組合の中に残っていたものがあるように、農民と農民とのコミュニケーションが相互学習を促進するために広く利用されている。

 ピーク・オイルがやってくれば、グローバルな食料システムのまさに根幹が揺るぐことになるだろう。1990年代にキューバや北朝鮮が経験した苦しみは、既に苦しめられている多くの第三世界各国の農村や大量の補助金を交付された北側の農業と、私たち誰もが直面するまさに未来なのだ。キューバ農業は、化学資材の投入を減らしつつも収量を高め、より良い食料を生産するオルターナティブが存在することを示している。それは、適切な農業や食料システムのリストラで可能なのである。

 化石燃料農業の投入資材の半分が一夜にして消えるという急激なピーク・オイルのシナリオはおそらくありえないだろう。よりありそうなことは、原油価格が徐々に、だが確実にあがり、慣行の化学投入資材がますます手に入らなくなっていくということだ。 これは、キューバや北朝鮮を越えて、私たちが持つ利点だ。事実、誰もソ連圏の突然の崩壊を予想しなかった一方で、私たちはピーク・オイルがやってくることがわかっているし、準備する時間もある。だが、不利な点もある。ピーク・オイルは、グローバルな危機になるだろうし、恐らく地球温暖化でさらに悪くなるだろう。したがって、食料危機に直面しても、人民を救済してくれるどんな国際援助も恐らくないことだろう。私たちがその問題に対処し、あるいは、自然が私たちと対応することになるだろう。

 政治家のみならず、ごく普通の庶民もこの問題を考慮する必要がある。私たちは、可能な限り慣行産業を実施し、システムを支えるべきなのだろうか。それとも、破局を避けるため、先手を打つべきだろうか。この選択が、キューバのようにより持続的な農業になるか、あるいは北朝鮮のような災難の飢饉をもって私たちが終わるかどうかを決めるのかもしれない。

デール・ウェン(Dale Wen)は、中国出身でグローバル化についてのインターナショナル・フォーラムの客員研究である。彼女はグローバル化の問題や中国を専門としている。

 

(yesmagazineの記事)
  Dale Jiajun Wen, Peak oil preview: North Korea & Cuba, A tale of two countries: How North Korea and Cuba reacted differently to a suddenly diminished oil supply, 2006..

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