2005年12月23日

奇跡の豆が人類を救う

■世界人類を奇跡のマメが救う
ジュールス・プレティ教授
 貧しい農民たちが森林を伐採して焼き畑農業を行なえば、その土地は生産性を失ってしまう。土壌が保水力を失えば、たちどころに土壌侵食が始まり、あるいは風で吹き飛ばされていく(1)。そして、科学的な知見からすると、いったん失われた土壌が再生されるには、地質時代的な期間がかかるのだ。だが、土壌が劣化しているグアテマラやホンジュラスでは、農民たちはそんな悠長な時を待っていられない(2)。英国エセックス大学のジュールス・プレティ(Jules Pretty)教授は「貧しい農民には値段が高い技術は手に入らない。だから、既存の資源に基づく解決策を見出さなければならない」と主張する。だが、土壌浸食が進み劣化していく急斜面の大地のうえで、生産性を高めるにはどうしたらよいのだろうか(1)。今、このやっかいな難題に奇跡の豆と称されるビロード豆(別名:八升豆、Velvetbean、Mucuna pruriens)が一つの解答を出しつつある。グアテマラのマヤ遺跡ティカルを訪ねた折に、プレティ教授はこのビロード豆が使われて状況を目のあたりにし、こう説明する。「中米全域で様々なNGОが緑肥用に、マメ科作物、とりわけビロード豆の利用を進めていました。値段がかからない有機物の原材料としてでです」(2)ビロード豆が中米に持ち込まれたのは、今から約50年前に溯る。グアテマラのポロチク(Polochic)バレーの農民たちが、化学資材を使わずに地力を維持するため、ラバの餌用にユナイテッド・フルーツ(United Fruit)社が輸入していたビロード豆が使えることに気づいたのだ。「それは、トウモロコシの間作として使われ、中米地域のカリブ海側の降雨量が多い地区に特に適しています。豆が、中米全域で広まることは空想でもなんでもありません」。地元NGО、COSECHAのロランド・バンチ(Roland Bunch)博士は言う。COSECHAとは収穫を意味するスペイン語である(2)

■中米で生まれた画期的なトウモロコシ増収技術

 バンチ博士はビロード豆や有機農業の凄みを発見した20年前の時をこう想起する。
ロランド・バンチ博士
「1982年のある日、ホンジュラスの農民コンラド・ザバラ(Conrado Zavala)は、恥ずかしがりながら自分の実験を披露してくれました。私が薦めた有機物の価値を疑いながらも、コンラドはトウモロコシ畑に大量の堆肥の列を積み重ねていたのです。目の前にあったのは2.5メートル高ものトウモロコシでした。ですが、耕やされず施肥もされていなかった最後の二列は40センチ以下の高さしかなかったのです。それが、有機物によって信じられないほど土が回復できる。そのことを私がわかりはじめた時でした。以来、十カ国以上で仕事をこなす中、有機物を大量に生産するという原理を使うことで、ほとんどの土壌を肥沃にできるとの確信をいだくようになりました」。

 とはいえ、有機堆肥には問題がある。コンラドのやり方は経済的ではなく、堆肥利用のコストは、栽培収益をを上回ってしまうのだ。だが、ビロード豆を使えばこの問題がクリアーできる。間作や被覆作物として緑肥(green manure/cover crops)を使うことで、わずかの手間でヘクタールあたり50〜140トンの有機物が産み出せるから、堆肥用の原材料を切り刻んで運んだり、山に積んだり切り返さなくてもすむ。雑草も管理できるし、労働コストも減り、地力は毎年、確実に向上していく(3)

 例えば、ホンジュラスの首都テグシガルパ(Tegucigalpa)から、車で二時間走ったところに、ギノペ(Guinope)という小さな町がある。20年前、ギノペはコミュニティとして崩壊しかけていた。小規模な農民たちの多くが家族を養えず、都市へと流出していたからである。だが、今では、何人かが再び町に戻って農地改善に汗を流している。エリアス・ゼラヤ(Elias Zelaya)氏も、ロランド・ブンチ博士の指導を受けて、ビロード豆を用いて持続可能な農業に取り組む先進農家の一人である(1)
エリアス・ゼラヤ
まず、農民たちは、痩せた土地でも良く成育するビロード豆を撒く。次に残されたビロード豆の残さの中にトウモロコシを植える。すると、豆とトウモロコシとが一緒に育つ(1)。ビロード豆は一年でヘクタール当たり150キロの窒素を固定でき、固定された窒素は土中に放出されるから、トウモロコシのように根粒がない作物にも効果がある。豆が産み出す有機物量も年間ヘクタール最高35トンとばかにならない。豆が自然に堆肥になることで、2〜3年後には斜面上で土が再生されていく(2)。しかも、マメはほとんどの雑草も抑えこむから、土地は耕される必要がない。そして、地力が高まるにつれて、収量は倍、そして3倍以上にもなっていく(1)。実際、トウモロコシの収量が、ヘクタール約500キロから2000キロへと増えたとの報告もある。列状に耕したり、石片を並べたり草を置くことで土が流れるのを抑える。こんなシンプルな技とあわせて、ビロード豆は地元経済を再生しはじめた。事実、プロジェクトのいくつかは大成功をおさめ、地価や労働賃金が高まることで、家族が都市から戻ってきている。農民たちは「自分たちの土地が持続可能で適切な量の食料が生み出せるから、原生林を伐採する必要はもうない」とも言う(2)。焼き畑式の農業が次から次へと場所を変えなければならないのは、地力が減退し、雑草が増えるからだ。だが、間作や被覆作物として緑肥を使うことで地力は維持される。残渣をマルチにすれば、雑草問題も解決する。また、マルチは熱帯のギラギラした太陽熱から土壌を保護するし、有機物が焼けてしまうこともなくなる。土を耕すのではなく、作物残さ撒くことが過剰な窒素で土が酸性化することも防ぐ。そして、40パーセントもの斜面地でさえ土壌侵食を防げるのだ。バンチ博士は言う。

「驚くべきことですが、こうしたやり方で、不毛な熱帯のほぼどこであれ、農民たちは何十年も毎年トウモロコシを栽培できましたし、生産性もヘクタール4トンまで高まったところもあるのです。言い換えれば、農民たちは焼畑農業への回答を見出したわけです」(3)

 いま、グアテマラやホンジュラス全域で、農民たちはビロード豆を緑肥として使うことで土壌を改善している。この持続可能な農法に取り組む農民の数は約4万7000人にも及ぶという(2)
窒素固定をする根粒菌

 ビロード豆はアフリカでも奇跡を引き起こし、感謝されている。例えば、ベナンでは、1987年にたった15人の農民に紹介されたのだが、2000年では全域に普及し1万人以上の農民が使っている。土壌を改良するだけでなく、制御するのが難しい雑草を防ぐ方法としても活用されている。豆が使われているところでは、トウモロコシの収量は倍以上となっている。だが、アフリカの農業改良普及員たちは、あるひとつの欠点がなければ、ビロード豆のインパクトはもっと印象的だと考えている。残念なことに、豆は人が食べられないのだ。だが、豆の消化性を高める品種改良の努力がいま進められている(2)

■ブラジルの不耕起栽培と無農薬宣言

 持続可能な農業の最先端はブラジルにもある。いま、ブラジルでは1400万ヘクタールもの農地が不耕起栽培となっている。リオ・グランデ・デ・スル(Rio Grande du Sul)州では、過去10年で95パーセントの農地が不耕起栽培となり、持続可能な農業が情熱的に推進されている(1)。サンタ・カタリーナ(Santa Catarina)州でも州の農業改良普及センター(EPAGRI)が、流域レベル(microbacias)で土壌や水保全に取り組み(2)、州政府の農業政策はますすラジカルなものとなってきている。

 「政府はサンタ・カタリーナ州を農薬を使用しない最初の州にするとの挑戦宣言を発しています」。地元政府のアドバイザー、ホセ・チェーザレ・ペレイラ(Jose Cesare Pereira)は言う(1)

 そして、ここでも鍵を握っているのがビロード豆の緑肥利用なのだ。

 「農民たちは、化学肥料と除草剤をいくらか使ってはいますが、緑肥と被覆作物ではとりわけ成功が見られています。ビロード豆、ナタ豆(jackbean=Canavalia ensiformis)、大角豆(cowpeas=Vigna spp.)などの豆科植物、そして燕麦やかぶ等の非マメ科植物を含め、約60種が農民たちと一緒に試験されています。農民たちにとって、これらは種子の購買代金以外、まったく現金を伴わないのです」。プレティ教授は言う(2)。しかも、中には病害虫被害を防ぐ効果もあるという(3)

 1993年にサンタ・カタリーナ州の農業改良普及センターの取り組みを目にしたバンチ博士もこう語る。「それは、当時はまだ広く報じられてはいませんでしたが、私は、160以上の農業開発プログラムを訪ねたことがあるので、ラテンアメリカで最大規模の取り組みであることがわかりました。文字通り、何万人もの農民たちが、間作や緑肥被覆作物と不耕起栽培で、米国でのそれに匹敵する収量を産み出していたのです」(3)
 緑肥は、間作されたり、休閑期に植えることで、トウモロコシ、たまねぎ、キャッサバ、小麦、ブドウ、トマト、大豆、タバコ、果樹園で使われている。家畜が牽引する農具が、被覆作物や緑肥作物を倒すのに使われ、農民たち自身がデザインした別の農具が、次の作物を植え付ける細い溝をきれいにし、それが結果としてマルチになる。多くの場合、土地を耕す必要は全くなく、被覆作物は雑草を抑え、そのため、生産に必要な労力も省く
(2)。様々な土壌保全戦略とビロード豆の活用で、中米と同じくブラジルでも生産性が高まった。1999年までの8年間で、収量はトウモロコシ47パーセント、大豆83パーセント、小麦82パーセントと伸びている。そして、水質保全や土の健康も改善されている(2)

 
不耕起でマメがすき込まれる 耕さないまま直接置かれたマメ
農業改良普及センター所長のバルデマル・デ・フレイタス(Valdemar de Freitas)によれば、不耕起栽培を可能としている秘密は、土壌への大量の有機物施用にある。農民たちは、約4年間、緑肥や被覆作物の間作をした後で、不耕起栽培を行なうことができた。だが、最近では緑肥のすき込みは時代遅れのものとなっている。フレイタス所長は言う。「緑肥のすき込みは、土の物理性を改良するうえで、不耕起栽培よりもずっと時間がかかるやり方なのです。不耕起栽培によって生物活動が高められることが、物理性改善の鍵なのです」。 不耕起栽培は、土の締め固めを減らし、地力を高め、コストを削減する。しかも、ブラジルでは、農民たちは、より早く不耕起栽培に移行できるよう、バイオマスを増やすために、緑肥は使わず3〜4年間は化学窒素肥料を使っている(3)

■熱帯雨林に学ぶラテンの不耕起農法

 バンチ博士はこの例をケースに次のように語る。「私は、福岡正信氏の『わら一本革命』を読みましたが、彼の不耕起栽培農法はとうてい納得がいくものではありませんでした。ラテンアメリカでは、ほとんどの伝統的農業は不耕起栽培なのですが、生産的ではないのです。ですが、ブラジル人たちの発見は、なぜ、ホンジュラスや福岡正信氏の不耕起栽培がうまく機能し、多くの伝統的な不耕起栽培が機能しないかを説明します」。 マメ栽培による有機物生産とそのマルチが機能するわけは、コスタリカで働くコーネル大学の博士候補、マルタ・ロゼメィヤー(Martha Rosemeyer)の研究がそのヒントとなる。マルタや農民たちは、何年も伝統的な豆(Phaseolus vulgaris)をマルチに使ってリン酸欠乏の問題を解決しようと試みてきた。強酸性(pH = 4.0〜4.5)土壌では施肥されたリンのほとんどは土壌に吸着されてしまい平均収量はヘクタール500キロにすぎない。だが、マルチの上層にリンを撒いてみると、何度も追試で確認されたのだが、その結果は驚くほどでマメの収量がヘクタール1.5〜2.5トンに向上したのである。まだ、この現象はマメ以外の作物では有効ではないものの、トウモロコシ、タピオカ、そして熱帯樹木が、厚いマルチの下で大量の細根を発達させる事実と一致する(3)。バンチ博士はこう語る。

「私はマルチの養分やマルチを通じて作物に施肥する情報について米国の農業データをコンピューターで捜してみましたが、何も見つけられませんでした。私たちは温帯の全く異なる農法を何年も熱帯に移転しようとしてきたわけです。ですが、熱帯での農業が生産的で、かつ持続可能であるように、数百万年も生産的であった熱帯林を模倣しなければなりません。マルチを通じて養分を作物に与えることは型破りに思えますが、熱帯の酸性土壌でも土が植物を育てられるとすれば、有望なオルターナティブな手段に見えます。そして、それには相乗効果もあるのです。例えば、マルチで作物に施肥しようとすれば、農地は耕作できず、不耕起栽培になるのです。ですが、こうした原則の重要関係を見出すには時間がかかったのです。ホンジュラスの研究は、間作や被覆作物としての緑肥を使うことが、高入力型の農業よりも30パーセントも有益であることを示しています。私たちは熱帯での低投入型農業の最大限のポテンシャルを探り始めているわけなのです」(3)


参考文献
(1)Julian Pettifer,The magic bean, BBC, Friday, 8 June, 2001.
(2)Peter McGrath, The magic of mucuna bean
(3)Roland Bunch, An odyssey of discover, The Rodale Institute


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