2006年5月14日 |
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■麻薬と暴力と殺戮と 『コラテラル・ダメージ』という映画がある。アーノルド・シュワルツェネッガー演じる一消防士が超人的なパワーを発揮してワシントンを爆破しようとするテロリストと戦う娯楽映画だが、この映画が封切られる直前に9.11事件が起こってしまい、その内容のあまりの酷似ぶりに上映が延期されたというエピソードがある。この映画でテロの背景にあるコロンビアの内乱や貧困が描かれたように、コロンビアでは世界でも類を見ない絶望的な悪循環が続いている。世界銀行も世界で最も残虐な国家と位置づけているが、毎年10万人あたり89.5人が殺されており、過去10年では犠牲者は3万人以上にも及んでいる。理由のほとんどは、この国の政治状況、すなわち、国防軍、左翼ゲリラ、右翼民兵組織が三つどもえになって内乱を繰り広げていることによる。辺境の農村部で暮らす農民たちもこの内乱から免れることはできない。例えば、1999年1月には、プトゥマヨ州の南部と北部で約200人の村人が虐殺されたが、なぜ農民たちが犠牲になるのかというと「ゲリラの支援者と疑わしき者はことごとく排除すべし」という戦略を民兵組織が持っているからである。過酷な状況にいたたまれず、農村住民は都市に逃亡し、1985年以来、総人口の2.5%にあたる約100万人が政治的難民となっている。もちろん、誰もが出ていくわけではなく村に留まるものもいるが、他に収入獲得手段がないため麻薬生産に手を染めることになる。そして、この麻酔が、ゲリラや民兵組織の収入源となり、さらに闘争を激化させていくという悪循環が続いていく。 ことの本質は、農村域の貧困にある。ラテンアメリカ全体には約400万平方キロに及ぶ丘陵地があり、約3200万人の小規模農家が農業を営んでいるが、中米やアンデスの丘陵地の約60%には深刻な土壌侵食の兆候が見られ、毎年約130億トンの表土が失われている。それが、農業生産性を低下させ、流失表土が湖沼や河川を埋めている。環境劣化に加え、雇用機会、教育や医療サービスの不足により、住民の4割は極貧状態に置かれている。最低限の暮らしすらできないことが、人々をゲリラにしたり、少なくとも支持させている。これほど極端ではないにしても、中米やアジアの丘陵域で引き続き起こる政治テロは、環境破壊や深刻な貧困問題と構造的に深く結びついている。もちろん、各国政府や国際援助機関、NGОも手をこまねいてきたわけではない。問題解決に向け、作物の品種改良や近代農業技術の導入等に力を入れてきた。だが、全体としては成果があがらなかった。 ■コミュニティに根ざす農民研究委員会 1990年、こうした状況を背景に、コロンビアに拠点を置く、国際熱帯農業センター(CIАT=Comite de Investigacion Agricultura Tropical)の研究者たちは「ローカルな農業研究のための委員会」(CIAL=Comitte de investigacion agricola local)と称される農民参加型の農村開発プロジェクトに着手する。 「CIАLの方法はまさに革命的です。新技術を作り出すのは科学者だけで、普及活動がそれを農村にもたらし、農民はそれを受身で取り入れるだけ、という従来のトップダウン型のアプローチに対し、小規模な農家にも技術開発の重要な役割を与えることで『民主的なオルタナティブ』を提供しているからです」。国際熱帯農業センターのジャクリーン・アシュビー(Jacqueline Ashby)さんはこう語る。 アシュビーさんがこの方法を革命的と評価するのにはわけがある。ホンジュラスやグアテマラ等中米では、食料生産のほとんどが丘陵地でなされているが、その生産水準は低く、人口増加もあいまって資源保全とのバランスも崩れている。農民たちは伝統的な農法で山腹をさらに耕作するが、それが、土壌浸食や表土流亡を加速化させ、トウモロコシ、モロコシ、豆といった限られた作物しか作れなくなっている。状況を打開するには、農民たちがきちんと適正技術を学び、新技術を導入していく必要があるのだが、多くの農民たちは技術導入を躊躇したり、完全に拒絶したりもする。その背景には辺境域で暮らす農民たちと研究機関が産み出す技術との間にミスマッチがある。例えば、正規の研究の場合、科学者たちは農民に相談するこはまずなく、多くのプロジェクトはバラバラに実施され、かつ、技術開発に焦点を絞りすぎ、全体的な状況を見失い、地元ニーズが考慮されることもない。これでは、農民たちが新技術の採用に躊躇するのも当然といえる。こうしたこれまでのアプローチの限界に応じて開発されたのが「農民参加型の研究」なのである。 従来の研究とは異なり、CIALは完全に地元コミュニティとともにあり、研究課題の決定から、その成果の普及に至るまで、研究の全段階に農家がかかわり、コミュニティが意志決定を行う。立ち上げには、改良普及員たちの援助があり、コミュニティでブレーンストーミングを行うことからはじまるが、求められているのはどんな研究なのか、成功の見込みはどれほどあるのか、誰が受益者となるのか、研究にはどれだけのコストがかかるのかといった観点から公開会議の場でコミュニティが研究テーマを選びだす。 テーマが決まれば、新技術の実験に興味を抱く4名ほどの農家をコミュニティから選出し、彼らが実験を行う。もちろん、すべてが上手くいくわけではない。新規作物の導入が失敗したり、期待しない結果がでることもある。だが、その場合であっても何が機能し、何が価値がないのかを議論し、系統的に試行錯誤を繰り返しながら、自分たちでコミュニティに役立つと思える「イノベーション」を普及していく。コロンビアでは各CIАLは、平均約350人からなるコミュニティで運営されているが、コミュニティがCIALの取り組みを評価し、良いと評価をした場合に限ってのみ活動が続けられる。実験を続けるのか、それとも別の新たなテーマに切り替えるべきかを決めるのはコミュニティなのである。 ■コロンビアの山村集落を活性化
成功事例を見てみよう。CIАLは、まず、コロンビアでも最も貧しいカウカ州の5つのコミュニティで初めて実験的に結成された。ほとんどの農民たちは3ヘクタール以下の農地しか所有しておらず、極貧状態の中で麻薬原料のコカが栽培され、ゲリラと政府軍との戦闘が日常茶飯事として続いていた。83戸からなる山村の孤立集落、エル・ディビソでも在来トウモロコシ品種は成熟時期が遅く、ほとんどの家族が収穫前の数カ月は飢えていた。そこで、農民たちはまず手始めに9品種を試してみた。だが、早めに施肥をすれば種子は駄目になり、播種をやり直すと今度は降雨の後で腐ってしまった。だが、メンバーはそれにもくじけず、近隣で同じ研究を行なっている別の農民グループを訪ね、三回目のテストを試みる。今度はうまくゆき、最終的に、メキシコにある国際トウモロコシ・小麦改善センターや国の研究所が開発した二品種の高収量の早熟品種を選びだした。この種子でトウモロコシの収量は飛躍的に高まり、国際熱帯農業センターの研究者は、その価値は毎年7~8万ドルになると評価している。 「状況はいまでは格段に良くなっています。CIАLが生活水準を高める一助となりました」。CIАLのリーダー、61歳の農民、カルロス・ダサは、トウモロコシ栽培の成果をあげる。ダサたちは、改良トウモロコシの品種で実験を行う間も、栽培や種子選択、種子保存法、そして環境保全についてを学び、かつ、その知識を他の農民たちともわかちあったのだった。 この種子の人気は高く、最近では、近隣だけでなく遠方からもトラックや馬でこの山村を種子を買うために人々が訪れるようになった。そのうえ、1997年にはエル・ニーニヨに引き続く激しい干ばつで、エル・ディビソのような早熟品種がない農民は大打撃を受けたため、98年にはさらに種子販売は伸びた。CIАLは種子生産をビジネスとすることにし、4年間で7トンを販売したが、その売上げは7千ドルにもなった。種子販売の利益で、CIАLは小さな機械製粉機を購入し、トウモロコシを製粉加工することでさらに付加価値を付けた。それが村人を出稼ぎにいかなくてもすむようにした。この成功で、CIАLは小口融資資金も立ち上げ、民間金融機関よりも低利子でトマトやマメの栽培、ブタや鶏飼育に挑戦する村人たちに融資している。
カウカ州のカブヤル川上流にあるペドロ・エレラ農場も持続可能な農業で地域のモデルとなっている。エレラ自身が創意工夫に富み、経験に長けていたこともあるが、CIALがアドバイスや資金提供をしたことも大きい。「以前はあらゆる問題に自分で答えを出さなければなりませんでしたが、今は、技術支援を受けられるのです」。エレラはそう感謝する。以前は上流の泉に牛が入っていたが、水質を保護するため、牛が入らないようにフェンスで囲い、木を植え、所有農地17ヘクタールの三分の一以上を緩衝域にした。だが、それでも農家所得はあがった。牛を締め出しても森からは天然果樹が収穫できるし、マメ、トウモロコシ、コーヒー、サトウキビ、キャッサバ、スイートピー、ブラックベリーと栽培品目も増えた。とりわけ、ブラックベリーは利益があがり、CIALが技術指導をしたこともあり、炭焼用に森林を伐採していた地元農家もブラックベリー栽培に転換を始めた。CIALは、この市場向きの作物の生産を奨励し、エレラのコミュニティでは約12人の農民がブラックベリーの生産組合を結成した。 また、エレラは以前は収穫物を仲買人を通じて販売していたが、ブラックベリーの栽培で、トラックを買えるだけの現金収入も得られたことから、今では生産物を近隣の街に自分で売りに行き、コミュニティの仲間のために資材搬送も請け負っている。生産技術があがると共に、エレラは、自然の草で土壌浸食から斜面を保護するようにもなった。土壌を擾乱し過ぎないように、畑の耕作も最小限に抑えられ、化学肥料はごく少量使うものの、農薬は全く使っていない。 今、カウカ州では現在56のCIALが稼働しているが、農業生産が効率的となり収益があげることで、地元経済の成長にも寄与していることがわかっている。コロンビア農業研究協会(CORPOICA)は、CIАLをさらに国全体に広めるプロジェクトを進めている。協会の研究者、マヌエル・アレバロ氏はこう語る。 「私たちは、参加型の方法が農民たちが自分たちの資源で適切技術を開発し、新たな雇用を創出できると信じています。闘争は農村住民の機会不足に根ざしているため、これはコロンビアの暴力を減らす助けになります。私たちは、小規模農民が潜在的な暴力の犠牲者となっている山岳地帯を含め、国の辺境にCIАL手法を適用する計画を立てています」。 ■ニカラグアや中南米各地への波及 1997年、国際熱帯農業センターの研究調査チームは、地元の「カンペシーノ運動」のスタッフと提携し、ニカラグアのマタガルパ州の山岳地帯の4コミュニティにCIАLを導入した。 サン・ディオニシオ丘陵のウィブセ村では、CIALを通じて、以前は地元になかった数種類の大豆を作り始めた。CIALのメンバーは、コミュニティのイベントでの料理を通じて、知識普及に力を入れている。また、CIALは集まり、経験をわかちあう機会をコミュニティにもたらすことから、農業実験という当初目的を超え、コミュニティ開発においても成果をあげている。例えば、植林プログラムでも、CIALの育苗施設で生産された樹木が、コミュニティの周囲の小川や水源の丘陵地に植林され、自然植生が失われることへの農民たちの関心も高まった。 さらに、女性たちの自信や自尊心を高め、女性が外で活動する機会をもたらしている。男性優位のラテンアメリカでは、女性が家外で活動することにすべての男性が納得しているわけではないが、あるCIALの女性はこう語る。「男性の態度が変るのはゆっくりですが、私たちは気にしません。変るのは私たちだからです」。
ニカラグアでは、初年度の全体成果が前向きに評価され、4つのCIALのメンバーたちは翌98年、国際熱帯農業センターのチームとともに、お互いの洞察をわかちあうため、流域レベルで組織を作った。他のコミュニティからも数人の農民が参加し、さらに4つの新たなCIALが地域で結成され、1999年にはさらに二つのCIALが設立された。マタガルパ州では、地力などのコミュニティ問題の新しい局面に対処するため、さらに大規模な実験が進められ、数人の女性を含め、多くの新たな農民リーダーも育成されつつある。 ニカラグアだけでなく、CIАLは国際熱帯農業センターを通じて90年代に急速に広まり、コロンビア全体では数百ものCIALが設立され、2003年現在、ホンジュラス、エクアドルなどラテンアメリカの8ケ国に250のCIALが設立されている。 病害虫管理や土壌・水管理もCIАLの重要な課題だが、最も威力を発揮するのは、地元改良品種の評価や新品種がその土地に適合するかどうかの試験で、マメ、トウモロコシ、ジャガイモ、キャッサバの品種研究の8割以上を占めている。こうした実験が行なわれることで、むろんのこと農家は直接的な改革の恩恵を受けるが、農家だけではなく、科学者たちにもメリットがある。とかく、専門家たちは専門分化しすぎ、地元状況の知識を欠いている場合が多いが、CIALは国の研究所や海外のNGOとも連携しているから、CIALを通じて何が必要な研究とされているのかがわかるのである。このようにCIАLは、地元の特定課題を解決し、新たな様々な選択肢を産み出し、農村の暮らしを改善させる上でかなり実効性がある。だが、長期的に見るとこれに匹敵するほど重要なメリットも生みだしている。CIАTの参加型研究プロジェクトのマネージャを務めるアン・ブラウン博士は、それをスペイン語で「autogesti」と呼ぶ。政府のプロジェクトや国際的援助機関に問題解決を依存するのではなく、自分たちで意志決定を行なうだけでなく、課題解決に必要な資源、知識、労力、資金、コミュニティ精神を動員していく。日本語に訳せば「自己管理」「自律」ということになろう。ブラウン博士はこう語る。 「この参加型アプローチの実施結果は、私たちを喜ばせると同時に驚かせました。研究に携わることで、農民たちは新たな人生の意義を体験したのです。いま、農民たちは研究を、貧困から抜け出し、コミュニティの自分たち以外の住民を助ける機会とみなしています。住民たちはその機会を手にし活性化されているのです」。 ■ハリケーン・ミッチと希望の種子プロジェクト 実は、CIALにはさらに後日談がある。1998年10月には、アメリカ大陸史上最大の災害のひとつとされるハリケーン・ミッチが中米諸国を襲ったが、そこでも威力を発揮するのである。ハリケーンで最も大打撃を受けたのは、ホンジュラスとニカラグアで、ホンジュラスではマメが75%とトウモロコシが約半分、ニカラグアではマメ約60%、トウモロコシ40%が失われた。そして、主食だけでなく、ジャガイモや食用バナナなどの自給用作物にも大損害がでたし、作物品種の多くも失われた。だが、洪水は後にひいても、大地に残された傷跡は何十年も続く。例えば、ホンジュラスやニカラグアでは、マメは地元住民の摂取カロリーの70%にもなるほど重要な主食だが、ほとんどの農民は、自家採取のマメを蒔く。民間ではマメの種子は取り扱われていないし、公共部門からの供給量も限られている。そこで、ホンジュラスとニカラグアでマメの半分がダメージを受けたことは、種子供給量も半分になってしまったことを意味していた。
そこで、1999年1月から熱帯農業センターやメキシコの国際トウモロコシ・小麦改良センター (CIMMYT)、ペルーの国際ジャガイモセンター(CIP= International Potato Center)が中心となり、2カ年の「希望の種子プロジェクト」を発足させた。ホンジュラス人の農民、サミュエル・イサギレは希望の種子プロジェクトについてこう語る。 「私たちには、文字通り植えるものが何もありませんでした。もし、この種子を受けとれなかったならば、どうなっていたかわかりません」。 まず、失われた種子を回復し、次の作付け時期には大量増殖できるように、速やかにマメ品種の種子を増やさなければならなかった。そこで、1998年の12月~1月には、早くも高品質の3品種155トン以上が123ヘクタールで増やされ、国の研究所やNGО、農民グループの連携で1999年3月までには、最も農業被害が深刻だったホンジュラスの73市の約7,700人とニカラグアの34市の3,200人以上のもとに届いた。 この第一段階の種子配布がひとたび終わると、希望の種子プロジェクトは、翌年向けの種子増殖のため、さらに155トンの種子を生産し、約1万2000人の農民に配付し、全体では約2万3000人が恩恵を受けた。この増殖で威力を発揮したのが、ホンジュラスやニカラグアのCIАLだったのである。 「もし、マメの品種改善や研究プログラムで地元コミュニティと連携する経験がなければ、種子を増やしそれを流通させ、ハリケーンの犠牲者を助けることはできなかったでしょう」。 国際熱帯農業センターの研究者がそう想起するように、CIАLは災害への防災対応面でも大きな威力を発揮したのである。 |
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【引用文献】 |
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