徒然絵巻
大杉谷源流 堂倉谷 竹株流山料理 (竹株流トバシVS捨て針釣法) |
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堂倉谷に社長と竹株先生と3人で行く。
社長(ニックネーム)とふたりで、堂倉谷の下見に行く予定にしていたところ、竹株先生も合流されることになった。
「精鋭たちの渓流」の表紙を撮影した場所とのことで、久しぶりに見たいということだった。
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「精鋭たちの渓流」 の表紙が撮影された場所 (週間釣りサンデー 別冊技シリーズ4 1987年発行)
あれから18年・・・ 竹株渓遊氏にとって、思い出の岩になった撮影場所。
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あの場所でもう一度テンカラをふりたい。
18年前の撮影場所に着くや否や、竹株先生は 懐かしそうに、思い出の 淵に降りていった。
竹株先生に先行していただいたものの、水が少なく苦戦されている様子だった。
一方、私といえば、山椒魚さがしに夢中。。。
竹株先生に教えていただいたとおり、渓流の流れの本筋からすこしはなれた、水溜りの石を一生懸命はがしていた。
子供の頃やった沢ガニとりのように無心に岩をめくる。
イモリは見たことあるが、野生の山椒魚はまだ見たことがない。
釣りの方は、竹株先生にお任せして、ひたすら、石をはがしていた。
野生の山椒魚が、沢ガニのように岩の下にいる。
カメラを構えるものの、意外とすばしこい。
しかたなく、フキの葉っぱのうえに、山椒魚をおき、シャッターを押した。
初対面の野生の山椒魚 竹株先生には失礼だが、つりの方はどうでもよかった。
山椒魚に夢中になっているとき、竹株先生に声をかけられた。
「君のテンカラをぜひ見てみたい」といわれ、恥ずかしながら、披露することとなった。
「君は捨てばりをするのか・・・」
竹株先生の目の前で たてつづけに、3匹かかった。
「ながいことテンカラをしているが君のように淵の落ち込みをねらうテンカラは初めてだ」といわれた。
私のテンカラは、毛ばりを沈ませて、触感であたりをとるつり方で、毛ばりは見ていない。
淵の落ち込みの際など、ほんらい餌釣りで狙うポイントを好んで狙っている。
私が好むポイントは 竹株流というより一般のテンカラでは本来狙わないポイントになるらしい。
テンカラは早々に切り上げ、竹株先生の手料理をいただいた。
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ヒネ料理
(親地鳥をホルモンたれとヨモギで味つけした料理) |
セコギリ
(骨・皮つきのアマゴをぶつ切りにした酢味噌料理) |
ヒネ料理・素麺・セコギリをご馳走になった。
ヒネ料理とは、親のニワトリをホルモンのたれで漬け込んだものとヨモギの葉っぱを大なべに水を入れずに鶏肉の水分だけで、炒るように炊いたものだった。
竹株流素麺は、ゆであがった素麺を、タモ網に入れ堂倉の湧き水でさらし、薬味はネギと冥加だった。冥加は道端にはえていたものを抜いてきてくださったとのことで、スーパーで売っているものより香りがよかった。
セコギリとは、皮がついたままのアマゴを骨付きのぶつ切りにしたものを酢味噌でたべるという紀伊半島山間部に伝わる郷土料理だった。
アマゴのセコギリを差し出し、テンカラの達人 竹株渓遊は言った。
「アマゴはもったいない魚なんさぁ」
「皮も骨もすてたらもったいないゆうて、紀州では昔からこおしてセコギリにしたんさぁ」
「はらわたと頭もすてんと、オナギとりの餌に使おたんさぁ」
「アマゴは残したらあかんで、もったいないでぇ」
紀州源流の もったいない魚 アマゴ
山の恵みに感謝して、ありがたく いただいた。
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≪あとがき≫
アマゴより、山椒魚の撮影の方が面白かったです。
レベルラインテンカラの神様といわれる竹株渓遊先生と渓谷に
入っていることを忘れ、山椒魚探しに熱中してしまいました。
私にとって、アマゴは身近な生き物ですが、野生の山椒魚は初
体面でした。
家に帰り、調べたところ “ハコネサンショウウオ関西型”という
肺をもたないめずらしい生き物ということがわかりました。
紀州山間部の郷土料理 「セコギリ」、複雑な味がしました。
紀州源流の もったいない魚 アマゴ
山の恵みに感謝して、山の幸をいただく
大杉源流 堂倉谷 山ノ神の声がきこえました。
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セコギリを差し出すテンカラの達人 |
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