◆愛恋処方箋 〜成瀬と和の場合〜その弐




「ちょっとだけ、びっくりした」



それを所有していた和が、どういった心構えなのかは不明だが。
それは自分達の関係を思えばいずれ必要になるものだし、それに男として、その手の気遣いを絶対に持つべきものだと成瀬はそう思ってもいる。

しかし、だ。

「いや、気が回るってーか、気を遣わせて悪かったってーか…。あ、勿論間違っても悪ぃってわけじゃねえからな!」

成瀬からすれば、そういうモノを準備するのは自分の方だと思っていたし、それに和はどうしてもそちらの方面には積極的ではない印象があるだけに、無理矢理見てしまった手前ばつが悪そうに言葉を濁すしかなかった。

「……」
「和?」

悲鳴をあげてから無言になってしまった和を、成瀬が弁解しながらちらりと覗き込めば、首筋まで真っ赤にして腕の中に居るくせに、いつものようにうろたえるような事はなく。
代わりにぎゅっと成瀬にしがみついて、必死に自分の顔を見せまいとしているだけだった。

「…………」
「…………」

が、抱き込まれたまましばらく沈黙していた和は、あえて成瀬が何かを聞き出す事もなく居たため、どうにも居心地が悪くなってきたらしい。

「…あの、ね」
「ん?」

成瀬の胸に埋めていた顔をそろりと上げて、しかし俯いたままぽつりと口を開いた。

「僕、頑張るから」
「は?」
「頑張って、我慢するから」
「和?」
「だから…しよう?」
「ッ?!」

消え入りそうな程にか細い和の呟きを聞き取ろうと耳を寄せていた成瀬は、突然の和の誘いに、お前はいきなり何を…と思わず怒鳴りそうになった。

「大丈夫。僕は壮くんが好きだから、痛くても何とか我慢する」
「お、おい和」
「その、一杯泣くかも…っていうか、絶対泣くと思うけど。でも、いつまでも壮くんに甘えてるのは駄目だから。

ただ、僕がどうにかしてあげるのは、心の底から自信がなくて申し訳ないけど…」

しかし、そう告げる和があまりにも真剣な面持ちであったため、怒鳴るどころかはぐらかす事も出来ず、結局成瀬は無言で見つめることしか出来なかった。

「…………」

和はとても成人しているとは思えないほど、泣き虫で怖がりで唖然とするくらい気が弱いくせに。
そのくせ時々、度肝を抜かれることをやったり言ったりすると常々感じていたものの、まさかこんな形で、しかも和から誘われるとは露ほども思っていなかったため、成瀬は上手く答えられずに絶句してしまったと言う方が近いかもしれない。

「……壮くん?どうしたの?」

…が、それはほんの少しの間のことで。

「お前の方こそ、いきなりどうした?」
「え?」

成瀬は直ぐに自分を取り戻し、今度は和を驚かせないように静かに問いだした。

「えーとだな…。そりゃ、こうやってお前から誘ってくれるのは嬉しいけどよ。でも、俺の為にって無理してんなら全然嬉しくねーんだけど?」
「無理に、なんかじゃ」
「そんなにがちがちになってるくせにか?」
「………」

成瀬が俯き加減の顔を完全に上げさせて、小さな子供を叱るように額を合わせてしっかりと睨みを効かせれば、和はそこで漸く、自分の身体が緊張に震えていることに気が付いて。
しかも、成瀬のせいで逃げることが出来ないためか、消え入るようにか細い声で「ごめんなさい」と呟いた。


/
戻る?