◆愛恋処方箋 〜成瀬と和の場合〜その参




「ま、気にするなって。俺としてはそういうことを考えてくれるようになったってだけで、お前なりに充分進歩してるんじゃねーかと思うし。俺も急かすつもりはねーし。
大体お前の事だからな。いきなり思いついてじゃなく、どうせ日織辺りに変なこと吹き込まれたんじゃねーのか?」
「変な事?」
「ま、何も吹き込まれてねーならいーけどさ。…あいつは気遣いがずれてる上に、お前のことになると本っ気で暴走するからな。お陰でこっちは全然油断できねー」
「壮くんから見ると、日織ってそんな感じなんだ?」

肩をすくめてみせる成瀬だったが、それを冗談として捉えられるのはこの首を傾げている和だけで。
成瀬の言うとおり、日織は和のことになると常識を逸脱して(というよりはむしろハナから置いてけぼりな勢いで)、あることない事、良い事余計な事ありとあらゆる事を【好意】で吹き込み教えたがる。
そしてそれを素直に信じた和によって、今まで成瀬は散々な目に遭い続けているせいもあり、つい、今回のような和らしくない行動の裏には日織が絡んでいるのではと、そう穿ってしまうのは無理もない話だった。

「…って、せっかく二人っきりだってのに、他のヤツの事なんかどうでも良くてだな。どうせだから、この際お前がうだうだ考えてること全部白状しやがれ」
「は、白状?何を??」
「何でもだ。…茶化さねーで聞いてやるから言ってみろ」
「そんなこと言われても…」
「あ、しらばっくれるなら別にそれでもいーけど?…お前がそう言うんだったら、俺は遠慮なくさっきの誘いに乗るだけだし」
「はあ?!」

有耶無耶になったと思っていた話を蒸し返され、それどころか放置されていた薄い包みに手を伸ばしてにやっと笑う成瀬に、和は今の自分の状況を思い出して今更青くなる。
そして「どうしても言わなきゃ駄目?」と聞き返せば、成瀬は再度「この際だから」と引き下がらない。

「駄目ってーか…聞きたいっつーか。俺でどうにかしてやれるんなら力になりてーし」

上目遣いで見つめられた成瀬は、全く意識していないからこその仕草に心持ち視線を逸らして言葉を濁す。

「あの、ね」
「おう」
「僕、不安だったんだ」
「不安…って、何が」
「このままでいいのかなって」
「はぁッ?!」

穏やかな雰囲気の中、一転して和の口からとんでもない事を聞かされた成瀬は、聞き捨てならないとばかりに和の両肩を掴んで自分の方へと向かせた。

「お前な、何つまんねーこと…和?」

和の顔を下から睨みつけるように覗き込めば、ぐっと下唇を噛み締め嗚咽を堪えている表情を見てしまい。

「なあ、なんでそんな事考えたんだお前…」

怒りなどすぐに忘れて、ただ和の不安を取り除きたくて、窮屈な姿勢を承知で腕の中に抱き込んだ。
…だがそれは成瀬にとって、和の為と言うより自分の為と言えなくもなく。

「なんだよ…不安なのは俺の方だってのに、まさかお前から言われるとは思わなかった」
「え」

だからこそ正直に話せば、和の口から心底驚いたと言わんばかりの声が上がる。

「え、って何驚いてんだよ」
「だ、だって…」
「しょーがねーだろ。和より3つも年下ってだけで十分過ぎるハンデなのに、気が付いたらお前すげーモテるから」
「何言ってんの、モテるのは壮くんであって断じて僕じゃないし!」
「……」

成瀬が不安だとぼやいた事も自分がモテると言われたことも、和にしたら余程予想外だったらしく、顔を覗き込めないほどに至近距離にある成瀬に真剣に否定するのだが。

「…日織も磯前のおっさんも筋肉も勿論あの双子も、そして大学の先輩って奴も。皆お前を構いたくてちょっかいかけてくるヤツらばっかじゃねーか」
「それ、モテてないから。断じて違う」
「何が違うんだよ」
「全然違う。僕の場合面白くて構われてるだけだもん、壮くんがモテるのとは全然意味が違うよ」
「……」

どうやら和は本気で判っていないらしく、成瀬は呆れると同時に不憫過ぎる全員に同情した。…ただし、あくまでほんのちょっとだけだが。
大体一番の要注意人物である日織については、実は一番の安全圏だということも知ってるからこそ余裕でもある。

「それにね」
「なんだよ」
「壮くん、最近テレビドラマによく出るようになったよね」
「まぁ、そこそこはな」

出ると言っても、一般人からしてみれば記憶に残る方が凄いような、そんな些細なものなのだけれど。成瀬が出演しているドラマ全てを彼目当てで見ている和にしてみれば、それは全く違うものになるらしい。

「僕は演技してる壮くんが大好きだし、人気が出てきたのは凄く嬉しいはずなのにさ。…なんでかな、たまに凄く寂しくて堪らなくなるんだ」
「……」
「あ、でも。逢えなくて寂しいとかそういう訳じゃないからね?」

だが成瀬が無言で自分を見つめている事に気付くと、これだけは断じて違うと念を押す。

「壮くんは、仕事の為に結構自分を抑えて無理してるじゃない?なのにそんな壮くんに、僕はずっと我慢させてる」


どちらが相手をどれだけ好きかなんて。


目に見えるものではないし、それに言葉にしきれないから比べられるものでもないけれど。



「俺は、お前に無理させたいわけじゃねーんだって」



成瀬とて好きな相手と一緒にいて、ただそれだけでいいなんてことはなく。
年相応に興味はあるし、気持ちが通じている以上先を望むのは当たり前でも、それよりも和を怖がらせる方が嫌だと思って自重していただけだというのに。



「でも。壮くんは僕の為に我慢してくれてるけど、僕は壮くんにそんな我慢をさせてる自分が情けなくて。
恥ずかしいだけで別に怖いことじゃないって頭では理解していても、緊張で身体が固くなっちゃうのはそう簡単に直るものじゃなくて。それでどうにかならないかなって、日織に相談しに行ってた」
「…………」



しかしその気遣いのせいで、和は別の意味で思い悩んでいたらしい。


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