◆愛恋処方箋 〜成瀬と和の場合〜その四




「日織は色々教えてくれたけど、その、あれはちょっと僕が参考にするには早すぎるっていうか、寧ろ殆ど無理って言うか…って、それは置いておいてっ」
「………」



思い出したせいかぼふっと音がしそうな勢いで赤くなる和に、ちょっとだけ日織が教えたことが気になった成瀬だったが、とりあえず話の腰を折るわけにはいかないので黙って聞いている。

「えーと、例えばなんだけど、キスを「する」のと「される」のって、結局同じなんだって気付いて。壮くんから「されて」緊張しちゃうんなら、僕から「して」みたらどうなんだろうって。壮くんに「誘われる」んじゃなく、僕が「誘って」みたら、覚悟がある分どうなるんだろうって」
「それでさっきのあれか…」
「うん」

でも結局また気を遣われちゃったけど、と肩を落としてしまった和を抱き締めなおす成瀬は、気の利いた言葉をかけることが出来なくて、その分腕の力を強くしたけれど。

「なんつーか…」
「壮くん?」
「すっげえ嬉しい」

ただそれだけは確実に伝えたくて、ぎゅうっと強く抱き締めてから、和の肩口に顔を埋めた状態ではっきりと告げた。

「あーもー、こういう時お前は年上なんだよなって思い知らされる。気遣ってくれてんのはそっちじゃん」
「え、僕何も気遣いなんて出来てないよ?」

和の覚悟だけでも、成瀬にとっては嬉しかったのに。
それだけでなく、成瀬がどれだけ己に我慢を強いているかを気付いた上で、和は自分が出来る以上の覚悟を決めてくれたことが、成瀬は心の底から嬉しかったのだ。




和が自分の側にいてくれるなら、もう暫くはこのままでいいと。
少しだけ、そんな諦めがあったことは否定しきれないけれど。




「日織が。こういうのは慣れて受け入れるしかないっていうから」

こんな僕だけど、壮くんが相手なんだから早く慣れたいって思うよと。
和にしてみたらただの覚悟でも、成瀬にとってはこの上ない殺し文句であるそれの威力は絶大で。

「…和」
「何?」
「本当に、いいのかよ」

ついこんな確認をしてしまうのは、今までの経験からか、はたまた夢かと思っているのか、怪しいところだけれども。

「…いいけど」
「けど?」
「お風呂は入りたい」
「拘るなお前」
「初めてだもん、流石に拘るよ!」

青くなったと思えばまた赤くなり、あたふたと腕の中でもがく和を見て、成瀬は人が悪いと判っていてもからかうことを止められない。

「じゃあ一緒に入るか?」
「へっ?」
「へ、じゃねーよ。なんでそこで驚くんだ」
「だって壮くん、さっきお風呂からあがったばっかりじゃないか!」
「そっちでかよ!」

大体誘ったのはお前の方だろうが!と成瀬は思わず大声を上げてしまうが、言った成瀬本人もいささか恥ずかしくなったらしい。

「あーもー、いいからさっさと風呂入ってこいよ。このままじゃ結局何時も通りだ」



付き合っているとはいえキス止まり。



精々が(文字通り)一緒に眠るくらいで、それ以外は何も進展のない関係であったため、いざこういった流れになると自分達自身がその邪魔をしてしまうことに成瀬は漸く気付いたようだ。

「…風呂にさえ入っておけば、無理にそういうことしなくても別に寝落ちしてもいーから」

となれば。
折角和が(なけなしの勇気を振り絞って)誘ってくれたものの、今回ばかりはあえて無理せずに普段と変わらない方がいいと判断したから。

「それに明日は折角重なった休みなんだ、だらだらして過ごすのもったいねーじゃん」
「……うん」
「よし」

努めて何も気負わせないように和を浴室へと促し、出来ることなら今日はもう何もしないでいようと一人決意した。





それは、自分達は自分達のペースで関係を結べればそれでいいと、そう考えているからこその成瀬の答えだった。


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