◆愛恋指南書 その弐
「日織の言う通り、こういうことは変に気にしたらいけないって頭では判ってるつもりなんだけど。
…自分で言うのもなんだけど、僕、そういった方面は得意じゃないってより寧ろ本当に苦手だから、漠然とした知識しかなくて。でも、そんな僕に比べたら日織は………」
「そうですねえ、アンタの言う通り、その点に関しちゃ俺はかなり慣れてますよ」
「は、はっきり言うんだ」
「別に隠してる訳じゃなし、それに今更照れるモンでもねえし。
大体まあ、ほら。俺の相手はあの磯前の旦那ですからね。こう言っちゃなんですが、成瀬さんをあの人と比べちまったら何もかも違いすぎまさあね」
「それはそうだけどー…」
俯いた状態から、ちらりと上目遣いに和に視線を向けられた日織といえば、この場に成瀬が居たら憤慨しそうなことまで付け足し、言いにくそうに言葉を濁す和のそれをあっさりと引継いだ。
「……で、どうすればいいと、思う?」
「どうと言われても…アンタ成瀬さんにまかせっきりは嫌なんでしょう?」
「うん…」
「だったら和さんから誘うしか」
「どうやって!」
「…ですから、大声を上げちゃ駄目ですって」
「ごめん…」
再度上げてしまった大声を叱るように猫に鳴かれ、そして日織にも窘められて、和はこれ以上ないくらいに萎縮して謝った。
「はっきり言わせてもらうとですね、無理にどうこうってえ考える方が大変なんですよ。
考えた分緊張しちまうし、緊張した分余計考えちまって堂々巡りになるだけなんで」
「………」
「例えばの話ですが、成瀬さんから【今日するぞ、何時になったらするぞ】なんて言われて、アンタその気になれますか?
和さんの場合、それまでに色々考えて生きた心地がしねえって上に、結局気力まで使い果たしちまって、いざって時にゃそれどころじゃない気がしますが」
「……情けないけど、多分そうなると思う」
「それにアンタ、元々体力ねえし」
「そんなことは自分でもちゃんと判ってるんだから、こんな時に改めて言うなよ馬鹿日織っ!」
身体だけの関係ならそれもありですけどねえ、などどしれっと笑いながら口にする日織に、和は言い返したいと思いつつも的確に言い当てられているだけにそれが出来ない。
「はははは、すみません。…とはいえ、さりげなくそういう雰囲気に持って行くってえのも、アレコレ考えてそうなるもんじゃねえし」
「…え」
「誘う方にしろ受ける方にしろ。こればっかりは慣れなんです。頭で考えるより、身体と心が慣れて受け入れるしかないんでさあ」
そう言って日織はトントン、と軽く自分の左胸を叩いてみせる。
日織に言われるまでもなく、幾度か成瀬とそんな雰囲気になったことはあったのだが。
和が反射的に緊張から身体を固くしてしまったことで、成瀬の方がすぐに諦めてそれ以上を求める事はなかった。
「やっぱり僕がどうにかしないと駄目だよね…」
そんな自分をどうにかしたいと思ったからこそ、こうして押しかけてまで日織に相談を持ちかけたというのに。
結局はそこに行き着いてしまったことで、明らか様に落胆して肩を落とす和に日織は小さく苦笑する。
そこで「ちょっと失礼しますよ」と一言断ってから、日織は膝でにじり寄って和の側に移動してきた。
「日織…?」
「この際です、慣れる練習をしましょうか」
差し向かいになるように和の身体を自分の方に向けてから、日織はきょとんとしている彼の頬に手を当て、そのままにこりと小さく綺麗に微笑んで。
「俺相手に、誘うか受ける練習してみたらどうです」
などと、とんでもないことを言ってのけた。