◆愛恋傍観者 その弐
「全く、俺が成瀬さんと代わりてえくらいですよ。それにあんなに和さんが必死なもんだから、こちらとしては色々してやりてえじゃねえすか」
和から口止めされていないのと、あとは純粋に成瀬への妬み嫉みであろう理由から事細かに語って聞かせる日織は、それでも蕎麦を打つ手を止めずに丸のしを終えて四つだしまで進めていた。
「旦那、ちゃんと聞いてます?」
「ああ」
蕎麦を打つ手際は見事なんだがな…とそちらには感心しながら日織の話に耳を傾ける磯前は、火に油を注ぐことだけはしまいと黙って話を聞いているだけだった(実際四つだしの時点で完璧なだけに、日織が蕎麦を打つと肉わけをする必要がないのだ)。
とはいえ、日織が和に教え込んだ内容を事細かに聞かされた身としては、近々成瀬がそれについて(物凄い剣幕で)磯前に苦情を言ってくるだろう事が予想できてしまったため、結局渋面は元に戻らなかったりするのだが。
「…でね、練習の相手が旦那なら、和さんもちゃんとドキドキすると思うんですよ」
「何?」
ちょいと失礼しますよ、と断ってから少しだけ場所を移動して巾のしのために打ち粉を振り、そのまま巾決めから本のしへと手順を進める手際を見てはまたしても感心していた所にさらりととんでもないことを言われ、磯前は一瞬、日織から一体何を言われたのか理解出来なかった。
「…おい、俺に坊主をどうしろって?」
「だから。もし今回もまた進展しなくて、それで和さんが悩むようなことがあれば。今度は俺じゃなく、旦那が練習相手ならいけると思うんでさあ」
「待て。どうしてそこで俺が出てくるんだ」
「え、だって和さんは旦那の事が大好きですから」
「大好きって…坊主のあれはお前の言う「大好き」じゃなく「憧れ」の方だと思うんだが」
陣野警部の話になると未だに目を輝かせる和を思い出し、磯前がくすぐったさを伴った照れくささに言葉を濁せば、だからですよと何故か日織に怒られた。
「それに、旦那だって和さんが好きでしょう」
「確かに俺は坊主を気に入ってるが」
「ほらやっぱり」
「だが、流石にそれを成瀬のガキやお前と一緒にするな。大体俺は人のモンに手を出す趣味はねえ」
「へえ?」
和さんはまだ完全に成瀬さんのモノって訳じゃねえですよ?と煽る日織に、磯前は猫を撫でながら大きく溜息を吐いて。
「大体俺は、もうお前だけで手一杯だ」
と日織の言い分をあっさりと切って捨てた。