みえるひとびと 05
「お前さん、本気でそれを言ってるのか?そもそも坊主のコレは一過性のモノかも知れんぞ」
「あ…そうですわね…。それなら磯前さん、その時はあなたが見て下さいません?」
「……おう」
なんで俺がそんな面倒な事を、と言いそうになった暗石だったが、信じがたいとはいえ相手は二人も手にかけた殺人者である。
下手に刺激してまた殺人計画を遂行されてもやっかいなだけに、暗石はなんとかその言葉を飲み込み、とりあえず頷く事で肯定することにした。
「良かった…私あの子に沢山謝りたいことがあるんです。
あ、でも、一柳さんと約束しましたから、ここを出たらすぐに警察へ行かなければなりませんし…」
「なら手紙でも書いておけ」
「手紙…ですの?」
「ああ。一緒に探すことは無理な以上、肝心な伝える内容を知らないないってのは困る。
それと今でも死んだ場所にいるか判らんし、最悪呼び出すことになったらそんな芸当、流石にこの坊主には無理だ」
昨夜は和に約束を取りつけるだけで舞い上がっていたが、暗石の御陵に対するこの指摘はもっともで。
「そんな…磯前さんもお出来にならない?」
「いい加減な約束はしねぇ主義なんではっきり言うが。それは俺にだって無理だな」
暗石としてもこの手の話で適当に合わせる気はないらしく、御陵の表情がこわばるのを承知で本当のことを伝えてみる。
「!!」
すると確かに御陵は表情をこわばらせ、静かながらまるで夜叉か般若を思わせる形相に変わりかけたところ。
「わーッ!おっさん余計なこと言うなよ!」
「そんなはっきり言うたら、御陵さんが可哀想やないの!」
「へぇ、磯前の旦那でも出来ない事はあるんですかい」
「…役立たず」
「あ、あの。皆さん?」
と、本来無関係な者が暗石を責め始め(半分は和絡みの嫌がらせ含む)、御陵は呆気に取られていつものおっとりした彼女に戻ってしまった。
「手前ぇらがどう言おうが出来ねえモンは出来ねえよ。だがな、間違いなくやってのけるヤツに心当たりがある。しかも二人だ」
「本当ですの…?」
「片方はともかく、もう片方はお前さんも知ってるヤツだから信用しろ。…如月百合子。あいつだ」
暗石と言えばそれらは予想内だったのか全く怯む事はなく、しかも己の発言が誤魔化しではないと、心当たりの人物を実名で挙げて御陵に伝える。
「まぁ」
「……」(×4)
それに御陵はすぐに信用に足る相手だと安堵してみせるのだが、外野といえば聞かされた名があまりにも予想外かつ突っ込みにくいものだったせいで、暗石を非難することも忘れ互いに顔を見合わせた。
「あのお人がねぇ…」
「幽霊の方が逃げんじゃねーのかぁ?」
「ちょっと驚いた」
「羨ましい…」
大部屋とはいえ暗石はベテラン俳優なのだから、彼女と面識があってもなんらおかしくはないのだが。
…彼女が酒豪と言う噂はよく聞くが、霊媒師の真似事まで出来るなど全員初耳である。
「お前ら。疑うのは一向に構わんが、死にたくなかったら興味本意であいつにこの手の話題は振るなよ」
しかし暗石が真剣そのもので注意を促してきた事で、でまかせではないのだと知れて揃って口をつぐんでしまった。
「判りました。一柳さんのことはあなたにおまかせします。磯前さんのおっしゃる通り、私はあの子への手紙を書きますわ」
「ああ、そうしてくれ。どうせ書くことが沢山ありすぎて、部屋から出る暇もなくなるだろうがよ」
「……そうね……そうなると思います」
暗石が言葉を選びながら口にしたことは、結果御陵が自主的に部屋に閉じ籠ってしまうものだったけれど。
穏やかに微笑むその表情に、この場へ居合わせた全員が、彼女がもう凶行を行うことはないと確信する。
「さて、と」
和以外にも約束を取り付けた事で御陵が簡単に引き下がると、暗石にとって最優先事項は和のことなのだが。
その和と言えば、色々なことがありすぎて限界が来ていたのかはたまた単に泣き疲れたのか、いつの間にか暗石にしがみついたまま寝に入っていた。
「しょーがねぇな…」
意識を手放してでさえ自分にしがみついている和の姿に、暗石には呆れる以上に憐憫の情が湧いてきたのだろうか。
「よっと」
暗石はしがみつく手を無理に外すことはせず、ただ和の体勢がおかしな具合にならない程度にだけ、そっと姿勢を正してやり。
「坊主は俺が見ておくから、お前らは適当にやってろ」
そう言ってあとは長居は無用とばかりに和を抱き上げ、ミルンの部屋を出ていこうとしたのだが…。
「なんで磯前の旦那が俺の役を取り上げるんですッ?!」
「……お前は本物の馬鹿か?」
ただでは引き下がらないだろうと思っていたが、あまりにも明らか様な日織の抗議に、暗石は痛々しいモノを見る目付きで見返すことしか出来なかった。
「あのなぁ…」
しかし日織を説得(というか納得?)しないことには、残りの面子も便乗して騒ぎ立てないとも言いきれないため、暗石はこの館に足を踏み入れてからもう何度目になるのか判らない溜め息を吐きながら、自分が和を自室へと連れて行く説明をしようとしたまさにその時。
「ねえ、皆なにしてるんだい?」
今の今まで一体何処にいたのか、那須が全身ずぶ濡れの状態で部屋の入り口に立っていた。