みえるひとびと 07






「ん…」






何かの物音に覚醒を促され和がうっすらと目を開くと、ぼやけた視界の中側に誰かいることが知れた。



「目が覚めたか」
「くらいしさん…」


意識が戻った事に気付いた暗石が声をかけながら近寄ってきて、横たわったままぼんやりとしている和の額へ掌を当てる。

「…僕、寝てた…?」
「ああ、色々ありすぎたせいで参ってたんだろう。水でも飲むか?」
「あ、いえ…」

気が付いた途端煙草の香りが鼻孔を擽って、それで和は今自分が居るのが暗石の部屋だと気付いたのだが。

「ええと…なんで…ここにいるんでしたっけ…」
「俺が連れてきたからだ」
「…………」

簡潔極まりない暗石の説明に、却って質問する気が失せてしまった。

「そんなことより坊主、今お前は俺以外が見えるか?」
「え…あれ。そういや何も…」

額に手を当てられたまま、暗石に促され周囲を見渡す和だったが、意識を失う前まであれだけはっきりと見えていた斑井の姿が見当たらない。

「いなくなった?」
「いや、そういう訳じゃねぇ。居るこたぁ居る」
「でも見えないし…」

ミルンの部屋で、あれほどまでに和につきまとっていた斑井の姿どころか気配さえ感じられないのだが、それでも暗石はきっぱりと否定する。

「結論だけ言えば、ここは生身の人間以外入れない。ただそれだけだ」
「……え?」
「気休めみてぇなモンだがな。ま、ないよりはマシってヤツだな」
「…………」

額から手を外した暗石から眼鏡を受け取り、和が彼から視線だけで促された方を見てみれば、部屋の四隅にはなにやらお札らしものが貼ってあり、しかも白いものが盛ってあって。
暗石が殺人者と同時に幽霊からも身を守るために部屋に籠っていたことが知れて、和はそれが人ごとでは無いことを思い出してしまった。

「あ、あんなものが見えるようになっちゃって、僕、これからどうしたらいいんだろう…」

…殺人者は解決済みだからいいとして、問題は突如目覚めてしまった霊感の方だ。
あんなものが見えるということは、即ち日常生活に支障が出ることは明白で、そもそも対処法がわからない以上、このままでは和の神経が磨り減る方が先ではなかろうか。

「そのことなんだがな。成り行きとはいえこれも縁ってヤツだ。お前さえ嫌じゃなきゃ俺が面倒みてやる」
「え…」

だがそんな和に、暗石が予想もしなかったことを言い出した。

「め、面倒をみるって…意味が判らないんですけど」
「そのままだ。とりあえずお前がなんとか自分で対処できるようになるまで、俺が面倒をみてやるっつってんだよ」
「でも、そんな、むしろこちらからお願いしたいですけど、暗石さんは仕事が…」
「ああ、入ってる。だが今は夏休みっつても、坊主だっていずれ大学が始まるだろうが」
「それはそうなんですが」
「何も俺一人で坊主の面倒を見るって訳じゃねえ。俺が居ない時でも、ちゃんと面倒見られるヤツに心当たりがあるんだよ」

まるで犬か猫の子にするようにがしゃがしゃと暗石から頭を描き撫でられ、そのせいで考えなければならないことがうまく纏まらない和だったが。



「何せ俺の娘がこの手のプロだからな。俺が駄目な時はあいつにまかせときゃ、まず大丈夫だろう」
「………」



見捨てられた訳でなく、しかも手を差し伸べてもらっているのだということを理解すれば、感謝と安堵が混ぜこぜになって。



「…ぅふ、ッえええ」



いい歳をしてみっともないな、と思った時には、既に和の涙腺は大いに緩みきっていた。



「うわああああああんっ」
「…………あー、泣け。今よりもこれからの方が大変なんだ、この際今のうちに気が済むまで泣いちまえ」




だがそれを見ても暗石はなお和の頭を掻き撫でることを止めず、むしろ子供のように泣き出したことを否定せずに受け止めて。
自分が苦労してきた分、今から和に降りかかるであろう災難に対して暗石は庇護欲かられたらしく、先ほど以上に自分にしがみついて泣き出した和を、腕に抱き締めて撫であやした。










その後崖崩れによる通行止めが解除され、館から全員が救出されるまで、和は余程の事がない限り決して暗石から離れようとはせず。








椿たちがずっと見えなくていい幽霊に振り回されていた中、一人日織だけが必死に和懐柔に四苦八苦していたとかいないとか。







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