やっと登場人物が増えました(但しまだ名前だけ)


「旦那、今日帰りは遅くなりますか?」
「さてな…撮影の進み具合によるってしか答えようがないんだが。どうした、何かあるのか」


日織がとある雨の日に拾ってきた、和と名付けられた子猫を交え、ゆっくりと朝の一時を過ごしていた時のこと。
本日日織は撮影の仕事が入っていないにも関わらず、何故かごそごそと出掛ける準備をしていて。
しかも普通に出掛けるには必要のないものばかり引っ張りだしている事に、和を膝に乗せて新聞を読んでいたが、そろそろ撮影場所に向かう時間かと顔を上げた磯前は何事かと説明を促した。

「や、今日は役者じゃねぇ方の仕事の日なんで」
「…ああ、菊原のところか。ん?だからって何でバスケットなんか準備してんだ」

日織は磯前と同じ役者を本業としているが、その実力は磯前も認めるところであっても(残念な事に)知名度は低く、空いた時間に知り合いからの頼まれ事を引き受けたり、時間の自由の利くバイトをいくつか掛け持ったりしているのだが。
今のところ、磯前の仕事仲間であった菊原ひさ乃という元女優が切り盛りしている、とある喫茶店の店員という仕事がメインになっていた。

「いえね、菊原さんは今日用事があるから午前中は俺だけになんですが、こないだ和さんの事を話したら是非とも連れてきてくれと言われまして。
実際小さい和さんを家に残すのは心配でしたし、菊原さんがいいって言うなら渡りに船かなと」
「………そうか」

説明を聞いた磯前は「和と一緒に居たいっていうよりも、親ばか全開で自慢したいんだな」と日織の一番の本音を見抜いていたが、指摘してその親ばか全開な反論を聞かされるくらいなら黙っていた方がいいていうことで、少し長めの沈黙のあとそれだけを呟いて。
日織は普段はかなり気遣いの仕方がずれてはいるが、常識的なところで言えば何も問題はない。
それに実際問題、よちよち歩きを始めたとはいえまだ離乳が始まってもいない子猫だけ家に残すわけにもいかなかった。

「あいつがいいってんなら、俺は何も言うこたぁねえよ」

なあ?と自分の膝で丸くなっている和を撫でながら覗き込めば、和は一丁前にぐるぐると喉を鳴らしてひたすら甘えてくるばかり。
それに知らず柔和な顔立ちになって、和に対しては立派に親ばかな一面を見せる磯前だが、日織に比べたらごく普通の飼い主の域を越えないのであえて自分の事は棚に上げておく。

「だが、喫茶店に猫が居て大丈夫なのか?」
「それが、元々亡くなった旦那さんが店で飼っていたそうなんで、常連さんが懐かしがるんじゃないかってえ話ですよ」
「ああ…あいつね。そういやあいつも猫が好きだったな」

その故人は自分と仲が良かった役者であったからか、日織の説明に少しばかり感傷的になる磯前だった。

「で、心置きなく和さんを連れて行くことになったんですが、肝心な猫キャリーをまだ購入してなかったんですよ。
でも幸いまだ和さんは自分できちんと歩くまでは行ってませんし、サイズ的にこのバスケットなら和さんを入れて移動出来るし、それに横にした時高さもそれなりにあるんで寝床にもなるんじゃねえかと思いまして。
ただちょいと荷物が多くなっちまうんで、どうせなら旦那に送迎をお願い出来ねえかなぁと…」
「なるほど、それで俺の帰りが遅くなるかどうかって聞いてきたのか。ま、流石に帰りまでは判らんが、今は乗っけて行くから安心しろ」
「ありがとうございます。和さん、良かったですねー、優しいお父さんが連れてってくれるそうですぜ」
「誰がお父さんだ、誰がっ」

くりくりっと和の耳の後ろを掻いてそう話しかける日織は、磯前が父親なら自分は母親だと思っているので磯前の突っ込みは聞き流している。
猫ミルクと予備のタオル、そして使い捨てカイロ他諸々を別バッグにしまい込み、バスケットの中には和の寝床のタオルを敷いて、手際よく和を連れて行く準備している日織の姿に、磯前はふと何かに似ていると思ったがあえて口にしなかったのに。


「…ねえ旦那」
「なんだ」
「これって人間の子育てしてるのと同じだと思いませんか」
「……」


ママバッグと同様の別バッグに、ベービーカー代わりのバスケット。
相似性に気付いてもあえて黙っていた事を日織から嬉々として言われてしまい、和を抱いているためしまりない顔で同意を求めるその頭を叩いてやることも出来ず、磯前は面映い気持ちを誤魔化すようにひたすら黙りを決め込むのだった。


「ほれ、そうと決まれば時間に余裕があるうちにさっさと行くぞ」
「はい」


磯前が和をバスケットに入れて、そう日織を促したまさにその時。


---ぴゃー。
「…いい返事だ」
「…いい返事ですねえ」



絶妙なタイミングで鳴き声を上げる和に、二人は思わず顔を見合わせ笑ってしまうのだが。






「お母さん、大変!」
「まあ、どうしましょう…!」





…向かった先で待つ騒動のことなど、当然知る由もなかった。



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