「まあ、和先生。お似合いですよ」
「ど、どうも…」
結局和先生は着替えることを許されず、仕方なしに仮装(というか女装)したままお菓子を配り続けていたのですが。
「あらあら、可愛らしい猫さんがいらっしゃると思ったら和先生でしたの?」
「き、菊原さん…」
「なごせんせい、かわいい!」
「梨奈ちゃんまで…」
出会う園児と保護者の面々から散々賞賛を受け続け少々ヤケクソ気味になっていた所に、おっとりほんわりと現れた菊原さん母娘から駄目出しを食らい、それは成人男性に対しての褒め言葉ではないのだという抗議の声を何とか飲み込んでいました。
そんな菊原さん達は、大きなつばのとんがり帽子を持ち、黒のレースをふんだんにあしらったワンピース着ていていました。
どうやら母娘でお揃いの魔女になっているようです。
「せんせい、とりっく、おあ、とりーと!」
「はい、梨奈ちゃんもどうぞ」
ヤケクソ気味になっていてもそれでも園児第一でしたから、和先生は可愛い魔女さんへきちんとお菓子を差し出すことは忘れません。
上から見下ろすのではなく、腰を落としきちんと目線を合わせて微笑むと、手にしていた籠からお菓子の包みを差し出しました。
「ありがとう!」
「梨奈、えらいわね。ちゃんとありがとうが言えたわね」
「うん!なごせんせい、じゃあね!」
それに可愛い魔女さんは満面の笑みで応えると、次のお菓子を貰うべく母魔女さんの手を引いて行きます。
「はあ、可愛いかあ…菊原さんたちのほうがよっぽど可愛いと思うんだけど」
そんな二人を笑顔で見送っていた和先生は、ぽそりとそんな主張をしながら、自分も他の園児たちへお菓子を配るべく立ち上がろうとしたのですが。
「よ…っと…う、うわッ?!」
…元々運動神経がいいとはお世辞にもいい難かった和先生、腰を落とした際に思い切りエプロンドレスの裾を踏んづけていたらしく、立ち上がろうとした瞬間盛大によろけてしまいました。
「わあああ!」
「危ない!」
しかしそれでも己の身に迫った危険よりも、園児に配るお菓子の方が大事な和先生は、大事なそれが入った籠を守り地面と仲良くなりかけたところで、がっしりとした腕に抱きとめられます。
「…う、あ、…衛先生…」
「大丈夫かい?」
「あ、ありがとうございます」
「なごせんせ、だいじょうぶ?」
「なごむせんせい、だいじょうぶですか?」
その腕は園内一立派な体格を誇るフランケンシュタイン…の恰好をした衛先生で。
抱きとめられてほっとしつ、お礼を述べながら顔を上げれば。
傍らには同じくフランケンシュタイン(ただしサイズ的にミニ)の恰好をした小暮さんちの宗一郎くんと、吸血鬼の恰好をした風海さんちの純也くんが居て。
「心配してくれてありがとう、僕は大丈夫だよ」
園児たちに心配はかけられないとばかりに、和先生が(今度は裾を気にしつつ)立ち上がって籠のお菓子に手を伸ばそうとしたその時。
「勿論お菓子も大丈夫だから……ねえッ?!」
「なごせんせ?!」
「なごむせんせい!」
「危ない!」
転びかけた際、どうやら籠に気を取られて足を変な具合に捻っていたらしく、奇妙な激痛が和先生の右足を襲いました。
「い、いたたた…た?」
痛みによろめくと再度衛先生から助けられましたが、今回はそれだけではありませんでした。
「二人とも、自分で掴まれるね?」
「うん」
「はい」
「じゃ、ちょっとごめんね」
「え…う、わ、あああああ?!」
衛先生はすっと真剣な表情を見せたかと思うと、園児二人を肩に乗せた(というか掴まらせた)状態で素早く和先生を抱き上げ、止める間もなく駆け出しました。
「ちょちょちょちょちょっと、衛先生…ッ!」
「大丈夫、すぐ園長先生のところに連れてってあげるから、和先生は安心してていいよ」
「そういう問題じゃなくーッ!」
何も横抱きにしなくても歩いて行けますから!と叫びたい和先生でしたが、衛先生の肩越しに自分を心配げに見つめてくる園児の眼差しに気付き、赤面したまま言葉に窮してしまいます。
……女装もどきの仮装だけでも十分恥ずかしいのに、加えて公衆の面前で横抱きで運ばれてゆく和先生は可哀想ですが。
「わあ、まもるせんせいかっこいい!」
「お姫様を守る騎士さまみたいですわね」
先ほど別れたばかりの菊原魔女さんたちとすれ違い様、彼女達が零した感嘆の言葉に、和先生はいよいよ脱力するしかありませんでした。
「……生きてるか」
「恥ずかしすぎて死にそうです……」
…園長先生のところへ届けられた際、和先生は真っ赤になりすぎて茹で上がる寸前だったとか。