大変身 02



「今日は一体何の御用だ、ふみこお嬢様?」



本日自分が苦手な書類整理中に、しかも一番来て欲しくない人物の来訪に、
日向玄乃丈は青汁でも飲まされたような不快極まりない渋面で、嫌味を込めて《お嬢様》の部分を強調して恭しく出迎えた。

「ご覧の通り、こっちは猫の手も借りたい程に取り込み中だ。
それとお嬢様お気に入りの俺の不肖の弟子は、最近は事務所に寄りつかないくらい、そりゃあもう無駄にお忙しくご活躍中だぞ」

だからとっとと帰れ、とまで言わなかっただけでもマシなのか、自分が日向の招かざる客だと暗に言われても、ふみこは大して気にも止めずに事務所の中へと入ってきた。

「光太郎がいないのなら、こんな貧相な建物はさっさと後にしたいのだけれど。
生憎と私が用があるのはあなたよ」
「…いっとくが、金は貸さんぞ」
「わざわざあなたに借りなくても、あれは自分から進んで貸してくれるから結構だわ」
「……」

先手を打ったつもりが逆に打ち返され、日向の眉間に更にシワが増えた。

「…金は自分の物だと見栄を張るのも結構だけど、大概にしないと飽きれられるか嫌われるわよ?」
「……」

ふみこから思いきり痛すぎる所を突かれ、じゃあ光太郎に対するお前はどうなんだ!と怒鳴り返したいのを、日向はぐっと堪えて黙々と書類を片付けていく。


しかし…。


「そもそもを貸し出す貸し出さない云々以前に、ここしばらく金は音信不通でしょう?」
「なんでお前が知ってるんだ!」

自分が一番不機嫌になっている原因をさらりと言われ、日向は牙を剥く勢いでふみこに向き直る。

「お前が隠したんじゃないだろうな?!」
「……失礼ね。しつこいあなたから隠れる為に自分から姿を消したとか、最悪何かの事件に巻き込まれて、それで身動きが取れないでいるとか、そういうまともな発想は出来ないの?」

日向からとんだ濡れ衣を着せられ、これにはさすがのふみこも気分を害したらしい。

「…ああ、金から嫌われる原因を身に覚えがあり過ぎて、それで現実から逃避したくて他人に責任転嫁したいのねぇ」
「ひっかき回してる張本人がそれを言うのか…?」

ころころとさも楽しそうに笑われ、言い返せない分日向はますます不機嫌になってゆく。

「ふふん。余裕がない男は見苦しくて嫌ね。
それよりも私がここにわざわざ出向いてきたんだもの、ちゃんと依頼は受けるわね?」
「内容による」
「別に大したコトじゃないから安心して。一時預かって欲しいモノがあるだけよ」
「預かり物だと…?」
「ミュンヒハウゼン」

探偵業とはあまり関係のなさそうな依頼で、先ほどまでとはまた違う意味で不機嫌になる日向とは対照的に、ふみこは上機嫌で万能執事を呼び付ける。

「彼に説明してあげて。私はアレの様子を見てくるわ」
「まだ引き受けるとは言ってないぞ!」

日向のもっともな叫びを完全に無視し、万能執事が事務所の中に入って来るのと入れ替わるように、ふみこは一度退室してしまう。

「…やれやれ…嫌だと言っても置いていかれそうだな」
「日向様にお預かりいただきたい物は、貴方様にとって大変お役にたてるものであると思います。
決してご迷惑になるようなものではございませんので、どうぞご安心下さいませ」

あくまで表情を崩さずに淡々と用件を告げる万能執事に、一体何を安心すれば良いんだか、と日向は内心毒突いた。

「まぁ多少お世話していただく事にはなりますが…」
「世話ッ!?」

しかし万能執事の口から《世話》と言う単語が出た瞬間、預かり物とやらが無機物だとばかり思っていた日向はぎょっと目を剥いた。


日向が叫んだのも無理はない。


「俺の仕事は座ってるだけじゃないんだぞ!?」

そもそも時間すら不規則な業いなのに、何かの世話などできる訳がないではないか。

「ふみこお嬢様には日向様にお預かりいただくよう、申し付けられておりますゆえ」

ところが万能執事にあっさりと返されてしまい、日向の都合などまるで耳を貸す気配がない。
しかしその代わりとでも言うように、万能執事は恭々しく純白の豪華な封筒を取り出し、ふて腐れる日向へと差し出した。

「なんだこれは」
「お嬢様よりお預かりいたしました。この度の報酬の前払い分でございます」
「……」

日向が結局渋々ながらもそれを受け取れば、その中身は依頼内容にしたら素晴らしく破格の金額が書かれた小切手と。



「今度は一体何を考えているんだ、あのばばぁは…」






日向にとってまるで縁のない、某超一流旅館と某最高級ホテルのペア宿泊券がそれぞれ同封されていた。



                              


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